東アジア その⑩イ族

 今回は、中国では七番目に多い少数民族である族についてです。

 イ族は中国史では最も古い部族である羌(西羌とも)の流れを汲んでいます。この羌は、日本語では読みは「きょう」だけれど現代中国語発音だと「チャン」です。つまり、前回の羌(チャン)族も、また蔵(チベット)族やそのうち述べる予定の納西(ナシ)族も、羌(西羌)の流れを汲んでいるのだそうです。

 イ族は中国西南の高原と華南(広義には淮河以南を、狭義では広東省、海南省、広西チワン族自治区のことを射す)の沿海の山岳地帯の省などに居住しています。民族のトーテムは黒い虎で、イ族の干支は虎で始まる他、万物を生み出すとも考えられているそうです。一部地域では虎の節句の祭りなるものもあるのだとか。


 イ族の居住地の地形は起伏に富んでいて、また彼らは分散して暮らしています。そのため、イ族の民族衣装は種類が豊富で、地域によって生地も様式も装飾もそれぞれの特徴があるそうです。という訳で、以下で述べるのは伝統的な(伝統がよく保存されている)四川の涼山地域のイ族の服装になります。


 イ族の上衣は、男女とも大襟で右衽(もう説明は不要ですよね!)の、丈が短く身頃と袖が細目のものになります。前身頃や袖口には、男性ならば刺繍や花辺(刺繍を施した縁取りの布)、女性ならば刺繍と紐状に織られた布で装飾します。加えて、察爾瓦チャルワというマントを男女ともに着用します。察爾瓦は羊毛の織物か毛皮製で、刺繍や染色した布でえ飾られ、縁には房も付けられます。察爾瓦は更に、風雨を除けるのに使われるし、布団の代わりにもなります。

 また、上記トーテムにあやかって、イ族では黒と虎を表す装飾が好まれるそうです。トーテムの虎の色である黒に黄色と赤を加えた三色は虎と火を表すだけでなく、強さと高貴さの象徴でもあるのだとか。虎の強さにあやかろうと、子供の帽子や年配の人の靴先、女性の前掛けには虎の装飾が使われるのだそうです。


 イ族男性の上衣は上記の通りなのですが、材質は木綿製で色は紺か黒なのだそうです。下は多くは青か紺色の、ギャザースカートのように見えるほど幅広のズボンなのだとか。

 イ族男性は前頭部に「天菩薩テンプーサー」という髷を結うのですが、これは神聖なものであり、他人には絶対に触らせないそうです。その上に、長い布を巻き、錐状に巻き上げて高く跳ね上げるのですが、これは「英雄結び」と呼ばれるそうです。


 イ族女性の上衣は上衣に加えて、立襟で長袖であるという特徴があります。下衣は数色の布を横に縫い合わせ、ギャザーをたっぷりと寄せた、概ね跟までの長さのスカートです。このスカートは上部が身体にぴったりとしていて動きやすく、なおかつ女性らしさを醸し出してもいます。下衣は、幅広のズボン+刺繍した巻きスカート+帯となる地域もあるそうです。

 イ族女性は、頭に刺繍した布をかけ、三つ編みと珠飾りで留めます。更に、腕輪や耳飾り、襟もとの銀の飾りを身に付けます。

 イ族女性は刺繍上手で、刺繍のデザインをよく工夫しているそうです。地域によっては、衣服や上記の頭の布だけでなく靴も刺繍して飾るのだとか。中でも花文様、特に馬桜花の文様は欠かせません。馬桜花については、以下のような伝説があります。


 石楠花(Rhododendron)に似た花・馬桜花(学名:Rhododendron delavayi Franch)は、イ族の言葉では「ミイル」と呼ばれます。イ族には、馬桜花は悪代官に連れていかれた娘たちを助けるため、自分を犠牲にしてまで悪代官に毒を盛った勇敢な娘ミイルの化身であるとの伝承が伝わっているのです。

 伝承に基づき、イ族はミイルを讃える祭りを旧暦の二月八日に毎年行うのだとか。この日、女性たちは馬桜花の文様を刺繍した新しい服を纏い、自分たちの髪だけでなく牛や羊の角や家にも馬桜花を飾るのだそうです。

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