トラウマとPTSDと記憶

 今回は「身体はトラウマを記録する 脳・心・身体のつながりと回復のための手法」を参考に、トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)における記憶の在り方について述べていきたいと思います。『「戦争」の心理学』にもPTSDについての章があったのですが、「身体はトラウマを記録する」の方がより詳細に触れられていたので。もっとも私の力不足ゆえごく簡単にしかまとめられないのですが。虐待やトラウマ、PTSDのメカニズムやその治療法について知りたいと思ったら、「身体はトラウマを記録する」をぜひ手に取ってみてください。


 まずは、これまで時々トラウマやPTSDについて述べてきたことの、簡単なおさらいを。


 トラウマを負った人の脳は、ある意味トラウマの原因となる体験をした時のまま凍り付いており、それがもう終わったことなのだと実感できない。ゆえに、フラッシュバックは当人にとっては、苦しみの原因を再体験しているのと同じである。


 という感じでしたね。そして「凍りついている」というのは、記憶においても同じだそうです。人間の記憶というのは、変わりやすいものです。私も、子供の頃ストレス発散という名目で弟を殴ったことがあるそうですが(弟談)、そのことを一切覚えていません。煩かったとか、言動にムカついたからとか、そういう理由でなら暴力を振るった覚えはあるので、弟をサンドバッグ代わりにしていたとしても驚かないのですが。……すまんな弟よ!

 話しは少し逸れてしまったのですが、上記のように人間の記憶は移ろいやすいもの。しかしトラウマを負い、PTSDを発症してしまった人は、何十年たっても原因となった記憶を鮮明に保持しているそうです。もっとも、通常の状態の時はトラウマ記憶が記憶から抜け落ちていたり、著しく簡略化された形でしか存在しない、という場合もあるそうですが。


 人間が特定の出来事を記憶しているか。記憶していたとしてどれだけ正確かは、その出来事がどれ程意味があり、どれほど情動を刺激されたかに大きく左右されますよね。このうち、侮辱や不当な仕打ちを受けた場合、最も記憶に残りやすいですよね。私の弟の例とか、まさしく。

 潜在的な恐怖(私の弟の例だと私)から身を守るために分泌されるアドレナリンは、そういった出来事を脳に刻み付けるのを助け、アドレナリンが分泌されるほど記憶は正確になるそうです。しかしあまりに激しい恐怖、特に逃れられないショック(例えば、以前述べた犬に電気ショックを与える実験)に晒されると、このシステムは破綻してしまうそうですが。


 世の中の大抵の人は、特定の存在や匂いや音などの五感に関した、長期的な記憶を持っているそうですね。実は私は脳内で五感を一切再現できず、過去の出来事について考えたとしても「~ということがあった」としか想起できないので、五感と結びついた記憶というのがどんなものかは分からないのですが。ですが普通の人は、他人にされた嫌なことを考えると、嫌な人の顔や声まで脳内にちらついてしまうこともあるのですよね。それはキツイし、さぞかし煩わしいのでしょうね。


 何かのきっかけでトラウマの切っ掛けとなった音や声、光景、感覚の記憶の痕跡が再び活性化してしまうと、前頭葉の機能は停止し、大道辺縁系領域と脳幹が制御不能となります。トラウマ記憶の覚醒の度合いが高いと、海馬や視床などの他の脳領域との接続も断たれます。その結果どうなるかというと、トラウマ体験の痕跡は断片化された感覚的あるいは情動的な痕跡、つまり光景や音声、身体的感覚として再演されてしまうのです。

 トラウマ記憶は圧縮されず、特定のトリガーによって急に呼び起こされ、一つ誘発されれば他の要素も自動的に誘発されてしまいがちなものでもあります。しかも、トラウマを抱える人がトラウマ体験を解離させる=トラウマ記憶を寄せ付けないようにしても、また新たな問題に直面してしまうのです。


 正常な記憶ならばそれぞれの経験の要素を統合し、自己の連続した経験・人生に加えることができる=成長することができます。また、正常な記憶ならば起承転結のある話として想起することができます。

 一方トラウマ記憶は原因となった体験の際の感覚や思考、情動が凍結してしまい、殆ど理解できない断片としてばらばらに保存されてしまいます。また、トラウマ記憶は詳細の一部(例えば事故に遭った瞬間)を明白に想起してしまう反面、出来事の順番や他の重要な詳細(例えばどうやって病院に搬送されたのか)を思い出すことはできないそうです。

 トラウマ記憶を統合できず、新たな経験を取り込むこともできなくなった人格は、ある時点で凍結してしまいます。いわばトラウマやPTSDの問題は「解離」してしまうことにあるのです。この苦しみから誰かを解き放つには、解離された記憶を統合し、あれは過去に起った出来事なのだと、その人自身が順序立てて語ることができるようにする。言い換えれば、その人が現在と未来を取り返すまで支えればよいのです。

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