殺人の反応

 今回は殺人を犯した時の反応について述べて行きます。殺人に対する反応についてはこれまでもちょくちょく触れていましたが、改めてよろしくお願いいたします。


 エリザベス・キューブラー=ロスという研究者が、1970に発表した有名なモデルに、人間は自分の死に対してどのように反応するかという、「死の受容のプロセス」があります。

 「死の受容のプロセス」によると死にゆく人は概ね、(自分が死なねばならないことの)否認、(自分が死なねばならないことへの)怒り、(何とか死を回避しようと、神仏などと)交渉、抑鬱、(最終的に死を)受容という一連の流れを体験するそうです。もちろん、これらのうちの幾つか、或いは全てを体験せずに亡くなった人もいるでしょうが。そして、『戦争における「人殺し」の心理学』の著者であるグロスマン氏は、戦闘中の殺人においても同様の反応段階が見られることに気づいたそうです。


 グロスマン氏曰く、戦闘中の殺人における基本的な反応は、


 ①殺人に対する不安→②実際の殺人→③高揚感→④自責→⑤合理化と受容

 ※合理化に失敗すると、PTSDになる。


 となっているそうです。もちろん、人によってはある段階が飛んでいたり、他の段階と混合していたり、あるいは短すぎて自分でも気づけなかった、ということもありますが。という訳で、以下で①から⑤について詳しく見て行きましょう。


①不安

 ある調査によると、兵士の殺人に対する最初の心理的反応は、いざという時に自分は敵を殺せるか、仲間に失望されはしまいか、ということなのだそうです。そうして、何も殺人に限った話ではないのですが、あんまり何かを恐れすぎるとそのことが強迫観念になってしまうこともあります。


②実際の殺人

 現代においては、戦闘中の殺人は殆どの場合一瞬で終わります。よく訓練された兵士ならば、反射的に敵を殺せるのです。が、敵を殺せないというのもまたよくある話です。自分は任務を遂行できないことに気づいた兵士は事態を合理化したり、そのことがトラウマになったりします。


③高揚感

 銃撃戦の際には体内で大量のアドレナリンが放出されるため、いわゆる戦闘酔いコンバット・ハイになるそうです。それだけなら何ら問題はないし、ごく普通のことです。が、戦闘酔いの中毒になってしまうと厄介で、敵を倒した歓喜や満足、高揚感を求めて何でもするようになる者もいるとか。数は少ないながら、この高揚感が精神に定着し、自責の念を感じない者も存在するそうです。なお、あらゆる意味で敵との間に広がっている物理的距離で守られているため、戦闘機のパイロットは戦闘酔い中毒になりやすいのだとか。

 ついでに、二回目以降の殺人は初めての場合と比較して常に心理的に容易で、高揚感を感じやすくなる一方で後述の自責の念は感じにくくなるそうです。


④自責

 これについては以前述べたので以下のようにさらりと触れるにとどめます。自責の念のあまり二度と人を殺すまいと決意し軍隊にとっての役立たずになる者もいれば、自責の念を否定して戦い続ける者もいます。中には前述の高揚感を感じた自分はおかしいのではと懊悩し、自分自身への嫌悪感のあまり自殺してしまう者もいると。


⑤合理化と受容

 敵を殺したごく一般的な精神構造の兵士が、自責の念と罪悪感を完璧に捨て去ることは、本当の意味では不可能でしょう。それでも、大抵は自分の行動は必要で、正しいことだった、と受け止めるまでは到達するのだとか。それが殺人の直後か、はたまた何年何十年後になるかは、個人差がありますが。


 なお合理化と受容は、伝統的には


・同輩もしくは上級者が、お前は正しいことをしたと称賛し、保証する。

・従軍している際に、頼りになる年上の戦闘における目標となる人物がいる。

・敵味方共に戦争の決まりを順守し、民間人の被害や残虐行為を抑える。

・後方もしくは明確な安全地帯が存在し、戦闘中でもそこに行くことでプレッシャーから解放される。

・友好を深めたのは訓練中でもそれ以前でも良いから、信頼できる親しい友人が、戦闘中ずっと側にいてくれる。

・戦友と共に戦場から帰還する際は船または徒歩を利用することで、冷却期間が得られる。

・自分の払った犠牲により味方が勝利し、目標を達成し利益を得られたと感じられる。

・凱旋パレード、記念建造物などの存在。

・戦闘中に親しくなった人々との再会や、手紙などを通した継続的な連絡。

・友人や家族に地域や社会が、復員した兵士を無条件に受け入れ称賛し、戦争も兵士の行為も必要だったのだと保証する。

・勲章を自慢する。


 などの行為により行われてきたそうです。ところで、上記の行為がほぼ全て行われなかった、どころか兵士たちがその真逆の扱いを受けた戦争があるんですよ。ベトナム戦争っていうんですけれど。

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