残虐行為 その②理由

 前回見たように、残虐行為は行った者の心に深い傷を残します。その傷が痛み出すのは、罪のない誰かを酷く殺した直後か、はたまた数十年後かは分かりませんが。

 残虐行為は歴史上ずっと行われてきましたし、今現在も行われていますし、そして未来でも行われているでしょう。それはなぜかというと、残虐行為には短期的には幾つかの「利益」があるからです。

 残虐行為によって得られる今一つの利益は、戦わずして多くの敵を服従させることができるということ。

 例えばAという国がB国、C国と敵対しているとします。そんな中、A国とB国の間に争いが起り、勝利したA国はB国の国民を一人残らず殺したとします。そんな末路を耳にしたら、C国はあえてA国と争おうとはしないでしょう。

 もっとも、例えばD国とE国が戦争しているとして、D国の軍は捕虜に残虐行為をする、なんて噂が立ったらE国の軍は徹底抗戦するでしょうから、現代社会において残虐行為は利することなど無いと言っても過言ではないでしょう。逆に捕虜を人道的に扱えば、投降する敵兵は多くなるでしょう。まさしく「情けは人の為ならず」ですね。


 残虐行為によって得られる二つ目の利益は、忠誠です。進んでか否かに関わらず、残虐行為に関与させられた人間は、一人ひとりが厳しい選択を迫られます。

 命令を拒めば、国や指導者、仲間から否定され、最悪の場合命を失うでしょう。一方命令を実行した場合は、精神の均衡を保つためにも自身の罪悪感を否定しなければなりません。そして、罪の意識を否定する手っ取り早い手段は、手にかけた相手の人間性を否定し、自分や自分が属するグループこそが正義で、自分たちは相手に倫理・文化的に勝っていると信じ込むことなのです。

 前述したように、命じられて残虐行為を行った人間の精神の安定性は、どれだけ罪悪感を抑え込めるかにかかっています。ですから、残虐行為を行った人間は、自分たちこそが正しいという信念を揺らがせる存在を容赦なく攻撃する一方で、残虐行為を命じた側に忠誠を誓うようになるのです。

 そもそも、誰かがいわれのない暴力を受けて惨たらしく殺害されるというのは、大変衝撃的なことです。そんな中、死の恐怖ゆえ命じられるがまま残虐行為を行う人間がいても、少しも不思議ではないですよね。

 また、残虐行為によって抑圧された人間は、学習性無力感の状態に陥り、抑圧する側に服従するようになるそうですが、命じられて行った側も似たような状態になるのだとか。こんな心理状態に、更に前に述べた集団免責も働くそうなので、残虐行為を行うのを拒絶するというのは大変難しいことなのです。

 残虐行為は、行う側とそれを命じる側に往々にして距離があるものです。それゆえ、手を汚さずにすむ権威者はトラウマと責任から逃れることができます。行う側も真の責任は権威者側にあるし、罪は同時に残虐行為を行った者の間で分散されると考えます。この「責任者の不明確さ」、ひいては集団免責の心理が、残虐行為の下地となっているのです。


 残虐行為は強制することで集団の結束を強めることもできます。が、この効果をある程度持続させるには基盤が必要なのだそうです。国家の権威(ナチスドイツの場合など)や国家宗教(大日本帝国の天皇崇拝など)、人命を軽んじ暴力を肯定する伝統などを基盤とした正統性。はたまた、長年の絆が存在するところに加わった経済的圧力など。しかし、政策として行われる残虐行為は必ず滅亡に繋がります。

 それはなぜかというと、まず残虐行為が行われていると気づいた者は、残虐行為を行っている者の敵になります。そうして、何があっても奴らには降伏するものかと敵意を燃やすようになるでしょう。

 残虐行為を行っている人間は、はっきり言って殺害してもさほど心が痛まない存在です。まだ生きている犠牲者を救出するためという目標がある場合は、なおさらそうでしょう。また、残虐行為を行ったと知られている人間は、降伏を申し出たところで受け入れられるはずがない。だから彼らは、死ぬまで戦わなければならなくなる。敗北すれば戦わなくても良くなりますが、残虐行為を行った敗者に下される罰とは死、もしくは死に近しいものでしょう。残虐行為とはつまり、自分を四面楚歌に追い込んでいるのと同じなのです。

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