殺人と心の距離 その④権威
皆さん、ミルグラム実験(もしくはアイヒマン実験)とは何かご存じでしょうか。かなり有名な実験なので、耳にしたことがある方も多いでしょう。ミルグラム実験とは、かなり簡単に言うと閉鎖的な環境で人間がどれくらい権威に服従するかについての実験です。
この実験は、参加者には学習における罰の効果を調べるためと教えられていました。そうして、教師役と生徒役(実はサクラ)に分かれた参加者のうち、生徒役が問題を間違えると教師役が電気を流す。間違いが重なると電圧は大きくなっていきます。教師役が電圧を上げるのを拒絶しても、白衣を着た博士が出てきて実験を続行するよう求めます。
教師役が計五回拒絶するか、電圧が最大になると実験は終わります。(あらかじめ録音された)生徒役が苦痛を訴える声が聞こえる中、どれぐらいの教師役が電圧を最大まで上げるのだろう――というのが、この実験の趣旨です。そして、その結果は四十人中二十六人、65%という驚くべきものだったのです。
ついさっき初めて会った、身に着けている権威といえば白衣だけの人間にさえ、人間はこうもやすやすと従って、恐ろしいことをしでかすのです。ならば、兵士たちと苦楽を共にした、軍の権威者ならば、一体どれほどのことをさせられるのでしょうか? 考えるだに恐ろしいことですよね。実際、戦闘経験のある人が発砲した最大の理由として挙げるのは、「撃てと命令されたから」だそうです。
もっとも、指揮官が命令を出しさえすればよいという話でもありません。
・権威者の近接度
・権威者への敬意度
・権威者の要求の強度
・権威者の正統性
が、人々を服従させるためには重要になっています。では早速、以下で詳しく見て行きましょう。
近接度
戦闘中の兵士は指揮官がその場にいて激励している間はほぼ全員発砲するけれど、指揮官がいなくなったら発砲率は15~20%にまで低下するのだとか。ミルグラム実験でも、博士がその場でではなく、電話で指示した場合は最大まで電圧を挙げる教師役の数は大幅に減少したそうです。
敬意度
兵士が本当の意味で役に立つには、属する集団のみならず指揮官とも結びついていることが重要なのだとか。ある研究によると、兵士のやる気をアップさせる第一の要因は、直属の上官に対する同一化なのだそうです。逆を言えば、馴染みではない指揮官や信頼されていない指揮官では、戦闘において兵士を上手く服従させるのは困難でしょう。
要求の強度
兵士に殺人を起こさせるには、指揮官がその場にいるだけでなく、殺人行動を期待しているとはっきりと伝えることも必要です。有名なミライ村の事例では、兵士たちは最初に「どうすればいいか分かっているな」とだけ言われた際は行動に移さず、次に殺せとはっきり命じられて初めて、村民を虐殺したのだとか。
正統性
権威を社会的に認められた正統な指揮官の影響力は、そうでない指揮官(マフィアとか、ヤがつく職業の頭とか)のものよりも大きいです。また、正統で合法的な要求は、非合法の思いもよらない要求よりも従いやすくなります。それを踏まえると、国に認められた軍の将校が、どれほどの力を自軍の兵士に対して振るえるのかは、想像を絶するものがあります。
このように、兵士たちを手足とすれば脳であり、また兵士たちの心の拠り所である指揮官が戦闘において果たす役割は非常に大きなものです。でもだからこそ、指揮官がこれ以上部下を犠牲にできないと感じてしまうと、その部隊は戦闘に敗北しがちなのだとか。
では、どういった状況下で指揮官は戦闘を続行する意思を失ってしまうのかというと、より高位の権威から切り離され、しかも部下が死に、苦しむ姿に直面しなければならない場合なのだそうです。兵士たちのように高位の存在を支えとすることもできず、自分の決定によって苦しみ落命する部下の姿を見続けなければならないというのは、確かに地獄でしょうね。しかも、その地獄もまた自分の一存で終わらせられると来れば、誘惑に負けてしまっても致し方のないことでしょう。
中には、部下たちと栄誉の戦死を遂げる道を選ぶ者もいます。戦闘を終わらせる即ち生きる道を選べば、死んだ部下やその家族に対する自責の念を生涯背負わなければなりません。それよりは、死んでしまう方が遙かに楽なのです。
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