殺人と心の距離 その⑤集団免責

 今回は集団免責、簡単に言えば「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の心理についてです。


 これまで何度か述べてきましたが、いわゆる普通の精神状態ならば望まないこと、つまり殺人を戦場で兵士が行う第一の理由は、戦友に対する責任感なのだそうです。これも前に述べたことですが、ある研究者曰く、兵士と兵士を結ぶ絆は大抵の夫婦のそれよりも強いのだとか。

 ですがその絆の強さは、裏目に出ることもあります。戦闘において多くの(通常は半分ほど)の犠牲者が出て、集団抑鬱と感情鈍麻(喜怒哀楽が乏しくなること)に落ち込むまでになると、どんな精鋭も敗北するのが普通なのだそうです。

 集団内の個人は時に属する集団に強く同一化するため、集団の構成員が死ぬなどして集団が崩壊すると、上記の個人は抑鬱に陥って自死することもあるのだとか。もっとも、歴史的には集団の崩壊→自殺となるよりも、集団の崩壊→降伏となるのが一般的なようです。


 深い絆で繋がった集団のメンバーは、仲間のことを深く気に掛けると同時に、仲間にどう思われるのかを酷く案じます。仲間を落胆させるぐらいなら死んだ方がましと思うほどなのだとか。ある研究者はこの心理を「相互監視」と呼んだそうです。相互監視は戦場では重要な心理的要因なのだとか。

 崩壊して退却する部隊から残された兵士は、独りならば無理に別の部隊に編入してもほとんど役に立たないそうです。が、兵士が二人以上ならば、二人組にしたり生き残りをまとめて使うと、良い働きを期待できるのだとか。なぜかというと、個人が仲間や集団との強い絆を持っている場合、その個人が殺人に参加する確率は極めて高いからなのだそうです。これは、たとえ集団に属していようと、その集団にも他のメンバーにも愛着や絆など抱いていない場合は、その個人が積極的に殺人に関わる確率は低くなるということでもあります。

 『戦争における「人殺し」の心理学』の中で、具体例として述べられている体験談でも、集団の影響がない場合は大抵、敵味方の戦闘員は互いに殺さない道を選んでいます。これは逆に言うと、兵士が敵を殺す決意を固めた場合は、その背景には多くの場合集団が存在しているということなのです。


 と、ここまでは概ね集団心理の良い所を紹介させていただいたのですが、集団心理には悪い面もありますよね。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とはつまり、集団は匿名性ひいては責任の分散という状況を生み出すということなのです。そしてこの匿名性は、前述した(仲間への)義務感と合わさることで、集団の構成員に一人ならば想像もできないような残虐行為を犯させるのです。身近なところだと、虐めとかもその一つでしょうね。


 殺人であれ残虐行為であれ、それをしなければ仲間を裏切り失望されることになり、なおかつその行為に手を染めても(集団皆で分かち合うことで分散されるため)個人的には細やかな責任感しか感じないとくれば、実行するのは容易でしょう。

 集団での殺人は集団の人数が多く、なおかつ心理的に強く、密に結びついているほど容易であるそうなのです。むべなるかなという感じですね。もっとも殺人を命ずるに足る正統性を備えた人物が、集団の内部か外部のすぐ近くにいなければ、集団に殺人を犯させることはできないそうですが。

 集団内での義務感と匿名性は個人としての名を呼ばれると、集団との同一化が弱まり、自分は義務を有する一人の人間だという意識が蘇るため薄れるそうです。ということはつまり、メンバーの名前を全然呼ばない団体があったら、少し警戒した方がいいんでしょうね。

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