殺人と心の距離 その①文化的距離

 今回からは殺人と心理的距離のターンに入ります。実は本では、殺人と物理的距離の章で、肌と肌が触れ合う距離の場合も述べられていたのですが割愛いたします。「素手で人を殺すのはめちゃんこ難しいよ」ということだけ押えてて貰えればOKなような気がしたので。肌と肌が触れ合う距離での殺人について気になる方は、『戦争における「人殺し」の心理学』をご購入されてみてくださいね。あと、本では殺人と物理的距離と心理的距離の間に、命令と集団免責について述べられていました。が、身体の距離の次は心の距離について述べた方が分かりやすいような気がしたので、順番を入れ替えることにしました。


 人間を殺しているという事実を否定し、殺人への抵抗感を克服するには、物理的な距離と同じくらい心理的な距離も重要です。

 心理的な距離は


・文化的距離

 人種、民族的な違いなど。犠牲者の人間性を否定するのに役立つ。

・倫理的距離

 自らの倫理的優越と復讐・制裁の正当性を固く信ずること。多くの内戦で観察できる。

・社会的距離

 階層化された社会において、特定の階級を人間以下と見なす慣習の影響。

・機械的距離

 テレビ画面、熱線映像装置、暗視装置などの機械的な緩衝物が介在する、手が汚れない殺人の非現実感のこと。 


 に分けられます。ではまず、文化的距離から。

 前回述べたように、誘拐された人はフードを被せられると殺されやすくなります。そして文化的距離は一種の心理的なフードであり、本物のフードと同じように作用するのです。攻撃者と犠牲者は身近であればあるほど、あるいは似ているほど、同一化してしまう。逆を言えば自分と外見や文化がはっきり異なる人間は、殺しやすくなるのです。

 例えばある研究によると、第二次世界大戦においてドイツ兵を殺したいと答えたアメリカ兵は全体の6%だけだったのに対し、日本兵を殺したいと答えた兵士は44%にも上ったそうです。もっともこの結果には文化的距離のみならず、真珠湾の復讐だという倫理的距離も強力に作用していたと考えられているのですが。


 何はともあれ、プロパガンダによって自国の兵に敵は人間ではなく劣った生命体であると信じ込ませれば、殺人への本能的な抵抗感は消えてしまうのです。このようなプロパガンダの標的となるのは若い兵士たちなのですが、彼らはやれと強制されていることを必死で正当化しようとして、こんな戯言をあっさり信じてしまうのです。某国が今まさに行っていることですね。

 また、ベトナム戦争では敵を単なる数として考え、扱っていたため、おかげで敵を「蟻のように踏み潰せた」と証言した帰還兵もいるのだとか。ついでに、蔑称はこれまた敵の人間性を否定するのに役立ちます。

 もっとも、文化的距離という剣は両刃の剣です。支配者が被支配者を同じ人間ではないと考えるようになると、立場が逆転した時、かつての被支配者はかつての支配者を文化的距離を利用して殺害し弾圧するようになります。ヨーロッパ列強による植民地支配を覆すべく戦った現地の人々の第一の原動力は、この文化的距離という剣の跳ね返りだったそうです。

 文化的距離による憎悪や差別は、たとえ戦争が終わっても何十年、何世紀も尾を引いてしまいます。かつての被支配者がかつての支配者を憎悪するのはもちろんですが、かつての支配者もかつての被支配者を明白に下に見ていたりしますよね。これは日本だって無関係ではありませんよ。


 唐突ですが、文化的距離の一例として、ここで一つ私の身内の恥を晒しますね。私の地元はド田舎です。どれぐらいの田舎かというと、母方の祖父の家系は代々いとことかの身内同士で結婚していたぐらい。そんな中に、県外出身の祖母が嫁いできたからさあ大変! 祖母はいとこではないという理由で小姑たちにいびり抜かれたそうです。なお、祖母は戦後生まれです。

 さて。苦境を知らされた曾祖母は「そこの人たちは朝鮮人でもないのに、身内ばっかりで結婚していて気持ちが悪いから、帰っておいで」というようにコメントしたのだとか。朝鮮半島にはそんな風習ありませんけれどね。

 という話を頼んでもいないのに祖母から聴かされた時、高校生だった私は、「流石クソババアの母親は教養ねーな」と、顔も知らない曾祖母を鼻で笑ったものでした。でも今にして考えると、私の曾祖母は気持ち悪いことの引き合いに出すぐらいには、朝鮮半島の人を見下していたのでしょう。世代的にもありえそうです。ついでに祖母も、これをそのまま孫に話しても侮蔑されないと判断するぐらいには。いやあ、こんな人間にはなりたくないものですね!


 

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