戦闘の代償 その⑤自動操縦とその他
今回は前回触れた「自動操縦」やその他についての回です。
前回述べたような銃撃戦でなくとも、何十年もかけて練習を繰り返し経験を積み重ねてきた武闘家は、いざ戦わなければならなくなった時、自分が何をしたのか覚えていないことが多いそうです。現に相手は血塗れになって呻いているのにも関わらず。
同様に、警察官が犯人が銃を構えていると気づいた途端、自分でも気づかないうちに犯人を射殺していた、ということもあるようです。もっともこういった現象が生じるのは、最高水準の訓練を受けている者に限るようですが。それに、こういった自動操縦は、たとえば銃撃戦の最中だったら望ましいことかもしれませんが、時と場合によっては極めて不幸な結末を導いてしまうかもしれません。
たとえば射撃の練習にシルエットだけの人型の標的を使っていたら、いざという時に目の前に飛び出してきた人を反射的に、無差別に撃ってしまうかもしれない。もしくは、敵がシルエットではなく生身であることに怖気づいて撃てないかもしれない、というように。
また、かつてFBIでは射撃訓練の際は二発撃ったら銃をホルスターに収めるよう教えられていたそうなのです。が、実戦の際も目標がまだこちらに向けて発砲しているにもかかわらず、無意識に「訓練通りに」動いてしまい、パニックを起こした者もいたのだとか。銃撃戦の最中に上記のようなことが起ってしまえば、死に繋がりかねません。だから、あらゆる場合を想定した訓練が必要なのです。訓練でできなかったことが本番でできたなんて幸運は、こと戦闘においては起るはずがないのだから。
が、逆を言えば自己保存の本能も殺人への抵抗感も、「適切な」訓練によって克服もしくは抑え込むことができるのです。ついでに、第二次世界大戦の
さて。戦闘中に起る自動操縦効果は、行動ではなく発話においても現れます。恐怖で口が利けなくなる、というのは良く知られた現象だと思います。これは「赤の状態」が齎す血管収縮のため、喉頭の微細な運動能力が損なわれたため生じるそうです。つまり発話能力はストレスによってあっけなく損なわれてしまうもので、「黒の状態」にもなると恐怖で口が利けなくなるのです。
ですが、この現象も行動面と同じく訓練によって――いざという時に言うべきセリフを練習しておくなどして――ある程度克服できるものなのだそうです。実際、もみあいや銃撃戦の最中、自分では自覚はなくとも周囲の話によると、犯人に向けて言うべきことを言えていたらしい、という警察官は何人もいるそうな。しかし、その訓練のセリフがあらゆる事態を想定したものではなかったら――「銃を捨てろ」と言うように訓練された警察官が、ナイフを振り回している不審者に「訓練通りの」命令をしてしまったら、これもまた問題でしょう。
お次は明晰視――戦闘中、普段ならば目に留まらず、覚えてもいなような微細なことまではっきりと見えたという現象について。もちろん個人差や、同じ人が似たような体験をしてもその時々で程度の違いはあるでしょう。ですがある体験談によると、銃口に炎が閃く様がストップモーションのように、空中を飛ぶ弾丸すら確認でき、暴漢の指に嵌っていた指輪すらはっきり思い出せる、という事例もあるようです。
深夜に突然強盗に入られた人がどうにか強盗を追い払った後、(そんな余裕はなかったでしょうから、当然のことですが)意識して見ていなかったため覚えているはずがない強盗の人相や服装をはっきりと思い出せて、後ですらすら説明できた、という事例もあるそうです。他、薄暗い場所で武装した容疑者を狙撃することになった狙撃手は、目標(犯人の頭)に照準を合わせった瞬間、照準器の内側が明かりがついたようにぱっと明るくなったのだとか。
次は
またこの時間の延長のため、銃撃戦などの非常事態の際、一時的に自分の身体が麻痺した(物凄くゆっくりとしか身体を動かせなかった)と感じた方もいたそうです。でも実際は、一秒と断たずに撃ち返していた、という事例もあるのだとか。つまり、その一秒が、本人にとっては途方もなく長く感じられたのです。
事前にそういう現象も起りうると把握していなければ、戦闘中に突然身体が麻痺した(と感じた)ら、パニックが起きるのは必須ですから、困ったものですね。
最後は解離(無関心)と思考の割り込み(無関係な事柄が思い浮かんで気が散る)について。
危険極まりない状態に直面すると、夢を見ているような気がしたり、自分を外側から眺めているような気がするなどの、奇妙な解離感が生じるそうです。まだまだ研究の途中だけれど解離現象は戦闘能力の低さと関係していて、解離を体験すると戦闘後のPTSDを起こしやすくなるのだとか。また戦闘の状況によっては、解離と時間の延長はしばしば同時に起るそうです。
思考の割り込みは、フィクションでもよく見かける、多くは命の危機に瀕した時、全く関係ないことや、家族や恋人のことを思い出したというアレです。たとえばある警察官は、目の前に銃を突き付けられた時、「俺のパートナーのにそっくりだな~。どこで入手したんだろ?」ということを考えたのだとか。また別の警察官は銃撃戦の最中に幼い息子が目の前をよちよち歩いている幻を見たのだとか。また、実際にこの体験をした方の中には神のことを思い出した人もいるそうです。
この思考の割り込みは戦闘の役には立たなさそうですが、愛する者のことを思い出したおかげで気力が湧き、敵に反撃できたという証言もあるそうです。だからもしかしたら、思考の割り込みは戦闘中に生じるどの現象よりも重要なのかもしれませんね。
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