戦闘の代償 その④感覚の抑制・聴覚と視覚

 今回は前回に述べた、戦闘中に起りうる聴覚も含めた感覚の抑制について述べていきます。

 私は体験したことはないですし、一生体験しないことを願っているのですが、戦闘中には一連の奇妙な感覚の歪みが生じるそうです。それは普段生じる「ぼんやりしていて何かを見過ごした」というものとは全く異なるレベルの、生理的な現象なのだとか。

 もっとも、感覚刺激の遮断という現象自体は、日常的に起きているものでもあります。例えばゲーセンで熱中してゲームしている時、騒々しいBGMが聞こえなくなっても、誰も不思議には思いませんよね。原理的には、これと同じなのです。ただ、生死にかかわる過大なストレスがかかる状況下では、この選択的遮断が更にエスカレートし、生き残るために必要な感覚(通常は視覚)以外は全て遮断されるだけで。

 まあとにかく、以下に本に載っていた、銃撃戦を経験した警察官141名を対象にしたというアンケートの結果を纏めました。


戦闘中に起りうる近くの歪み

・音が小さく聞こえる 85%

・音が大きく聞こえる 16%

・トンネル視野(知覚狭窄) 80%

・自動操縦(戦闘中、そうしようと意識せずとも行動できた) 74%

・明晰視(普段よりもはっきり目が見えた) 72%

時間延長スローモーション 65%

・一時的麻痺 7%

・何があったか、一部思い出せない 51%

・自分が何をしたか思い出せない 47%

・解離(無関心) 40%

・思考の割り込み(無関係な事柄が思い浮かんで気が散る) 26%

・記憶の歪み 22%

時間短縮ファーストモーション 16%

 ※上記以外にもアドレナリンによる痛覚の抑制、感覚の過負荷による脳のオーバーヒートといった現象も、もちろん生じます。


 今回はこのうち、聴覚と視覚に関わることについてまとめていきます。

 聴覚の抑制には、発砲の際に音が小さく(例えばおもちゃのコルク鉄砲ぐらいにしか)、もしくはくぐもって聞こえた。数は少ないながら、銃声が全く聞こえなかったという例もあるそうです。これらの例では発砲の後に耳鳴りもしなかったことから、内耳において物理的に音が遮断されている可能性もあるらしいです。なんでもまぶたで眩しい光を遮断できるように、耳も大きな音を遮断する機能がある、という研究があるのだとか。

 このいわば「耳のまばたき」は、

 →自分の銃声は小さくなるか聞こえなくなるのに、隣の人の銃声は鼓膜が破れそうなほど大きく聞こえる(前回の「黄の状態」の時におこる)。

 →銃声は全く聞こえないが、他の音(周囲の人の叫び声や、空になった薬莢が床に落ちた音)は聞こえる(赤の状態の時に以下略)。

 →全ての音が遮断され、後になって振り返ってもその時音を聞いた覚えが一切ない。この現象は、ストレスが大きければ大きいほど強烈になる(黒の状態の時に略)。

 というようなパターンがあるそうです。こういた選択的聴覚抑制は、危険を察知すると僅か一ミリセカンドで生じるのだとか。

 もちろん、発砲以外でも聴覚の抑制は生じ、戦闘中は大声で話しかけられても聞こえないというのはよくあることなのだそうです。また、第一次世界大戦の時から「(攻撃が)当たった時は聞こえない」と言われていて、事実爆発に巻き込まれ身体が吹っ飛ぶほどの衝撃を受けても(実際に身体の一部が吹っ飛んでも)爆発音は聞こえず、後で耳鳴りに悩まされることもなかった、という証言もあるとか。


 一方、逆に音が大きく聞こえた、という事例もあります。これは脳が視覚に頼らず聴覚に頼った方がよいと判断した――つまりは暗い場所での戦闘で起こりがちなのだとか。また、その瞬間瞬間によってどちらの感覚がより重要とされるかによって、視覚と聴覚のオンとオフが切り替わることもあるようです。

 

 お次は視覚について。銃撃戦などで過大なストレスに晒されると、目が焦点を結ぶ範囲が狭くなり、まるで筒を除いているように感じることがあるます。この現象がトンネル視野で、心拍数が上昇するにつれてトンネル(=見える範囲)は狭まるそうです。戦場にいる人々は、銃後の人とは文字通り見えている世界が違うことがあるのですね。しかし、訓練次第(発砲後は周囲を見回しながら呼吸をするようにする)でこのトンネル視野は打破することも可能なのだとか。

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