周辺諸国の料理 その④

 今回は中央アジア諸国、すなわちカザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの料理についてです。

 中央アジアは、人々が遊牧を生業としていた北部と、オアシスなどに定住していた南部に、ざっくり分けられます。ロシア領となってからは定住化が進んだのですが、カザフスタンは二十世紀までは遊牧が広く行われていました。キルギスも遊牧民の土地です。

 そのため、カザフスタンとキルギスの伝統的な食生活は、主に羊や馬の肉に、羊や馬に駱駝の乳に頼っていました。肉は煮て食べ、余ったものは燻製や塩漬けにして保存する。ミルクは加工してチーズや馬乳酒、「サムサ」にして保存していたのだとか。移動生活を行うため、食料は保存がきくものが選ばれていたのだそうです。調理器具も、軽くて運びやすいシンプルなものだったとか。ちなみにサムサ(あるいはスムサ)とは、羊肉にタマネギ、ハーブなどの具を皮に包んで三角形に成形して焼く、餃子のような料理です。

 カザフスタンもキルギスも定住化が進んでからは、小麦やライ麦などの穀物の栽培が盛んに行われるようになりました。またソ連時代には周囲の民族の食文化の影響を受けました。それでも馬肉の燻製や塩漬け、ソーセージは現在でもカザフスタン料理の特産品なのだそうです。


 カザフスタンやキルギスと対して、ウズベキスタンとタジキスタンは既に十世紀頃には定住し農耕が営まれていました。そのため多彩な料理が発展したのだとか。なお、トルクメニスタン料理はウズベキスタンとタジキスタンの料理によく似ているそうです。

 ウズベキスタンとタジキスタンでは肉料理のレパートリーが非常に豊富で、羊の肉が特に好まれるそうです。キジやウズラなどの野鳥に、カスピ海やアラル海沿岸ではチョウザメやコイの仲間が料理されることもあるのだとか。肉以外では、穀物に豆、野菜、果物が多く用いられるそうです。

 以前の中央アジア料理には、北の遊牧民と南の定住民の間に上記のような差がありました。ですが、定住民の料理は歴史の過程で中央アジア全体に広まり、ロシアや他の民族の料理の影響も受けました。黒パンやマカロニ、ボルシチにペリメニ、カツレツなど。1937年以降、強制移住させられた朝鮮人が伝えたキムチは、家庭の惣菜として欠かせない存在になっているそうです。そういう訳で現代では、中央アジア全体に共通した料理もあります。その一つがプロフです。


 プロフは中央アジア全体にもっとも広く普及している料理の一つで、トルコ語のピラフと同じ語源を持ちます。

 プロフは中央アジアからコーカサスのアゼルバイジャンにまで普及していますが、プロフの本場とされているのはウズベキスタン。具としては羊肉を使うのが一般的ですが(最も伝統的なプロフの具は羊肉、ニンジン、レーズンか干し杏なのだそうです)、馬肉ソーセージやウズラ、鶏、キジの肉も使われます。珍しい場合だと、米ではなく小麦やえんどう豆を使ったプロフもあるそうです。

 プロフの他の、中央アジアでポピュラーな料理にはマンティとラグマンがあります。マンティというのは餃子の仲間で、大抵は羊の挽肉とタマネギの具(しかしかぼちゃのマンティというものもあるそうです)を、薄い皮で包み、特別の蒸篭せいろで蒸します。最初から蒸すのではなく、油で焼いてから蒸す方法もあります。

 出来上がったマンティは「カティク」と呼ばれる、羊のミルクから作ったヨーグルトかスメタナを付けていただきます。が、濃いブイヨンの中に浮かべて食べることもあるのだとか。ラグマンは具だくさんの濃いスープの中に腰がある麺が入った、うどんに非常に似た一品です。

 

 実はこの章は今回で終わりなので、ロシア国外ではないのですが、シベリアやその周辺の名物料理にも触れておきます。

 これまでロシア風水餃子と述べてきたペリメニは、実はウラル地方に起源があります。十四世紀から十五世紀にかけてウラル地方に進出したロシア人が、現地の住民から作り方を教わったところ、ウラル地方から特にシベリア在住のロシア人に普及したのだとか。ペリメニがロシア人の間にも広まったのは、狩や旅の道中でも雪を融かして沸かし茹でるだけで美味しく食べられる、便利な携帯食だったという事情も関係しているでしょう。それに、一度に大量に作って食べきれなかったペリメニは、袋に入れて戸外で凍らせれば一冬保存できます。

 ペリメニの具は、肉はもちろん魚にキャベツ、キノコなど様々。味を調えるのに使うのは塩と胡椒だけと、非常にシンプルです。ゆで上がったペリメニは、熱いうちにスメタナか溶かしバターをかけて食べられます。ちなみに、シベリアではペリメニの具に水を少し加えてから凍らせておくのだそうです。そうすると、茹でた時に氷が融けて、ジューシーに感じられるから。

 シベリアには、その気候を生かしたストロガニーナ(ストロガニナ)という、生の魚を凍らせ紙のように薄く長く切り、好みの味付けをして食べる料理があります。口に入れた瞬間に凍っていた魚の身が融けて、口の中に魚の優しい味がいっぱいに広がる。原始的だけれど、素材のおいしさを極限まで生かした一品です。

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