飲み物 その②

 今回は前回述べたように紅茶の回です。

 紅茶が中国原産だということはご存じの方も多いでしょう。ということはつつまり、紅茶は現代ロシアにおいてはウォッカと並ぶ国民的飲料であるものの、歴史的には比較的新しい飲料なのです。


 紅茶がロシアの歴史に登場したのは1638年、モンゴルのハーンからの贈り物としてモスクワにもたらされたのだそうです。本ではこれをアルタン・ハーンからミハイル・フョードロヴィチ(おそらくピョートル大帝の祖父で、ロマノフ朝最初の皇帝を指す)への贈り物としてもたらされた、と記述されていました。

 が、アルタンというハーンは確かに存在したけど(※)1580頃に死亡したはずじゃ!? と思って調べてみたら、モンゴルの一部族ハルハの何人かいる部族長の一人ウバシ・ホンタイジ(1623年没)がアルタン・ハーン(アルタンは「黄金」という意味なので、ここでは「アルタン・ハーン」を日本語で黄金のハーンぐらいの意味の称号として使用していたようです)と名乗ってロシアに使節を送ったりしていたそうです。ということは、ロシアに紅茶を贈ったのはウバシ・ホンタイジの次代でしょうね。――って、紛らわしいわ!!

 ボルジギン家のチンギス・ハーンの時代からずっと下って、中国だと明の英宗正統帝の頃。英宗正統帝を土木の変で捕らえたオイラトのエセンは、チンギスの男系子孫のみがハーンとなるべしというチンギス統原理に背き、チンギスの男系子孫をほとんど殺してハーンを自称しました。

 エセン・ハーンが即位してすぐ殺された後、母がエセンの娘だったため殺戮から逃れたダヤンというチンギスの男系子孫が色々頑張ってハーンになり、ハーンの権威を回復させました。アルタン・ハーンはこのダヤン・ハーンの孫になります。チベットに遠征してダライ・ラマを招きモンゴルにチベット仏教(ラマ教)を導入するなど、後世に大きな影響を与えました。


 まあこんな感じで、ロシアに紅茶が入ってきたのはロマノフ朝が始まってからなのです。ですが十九世紀には、貴族から農民までの全てのロシア人にとって欠かせない飲み物になっていたのだとか。

 十九世紀半ばからジョージアで(このころはジョージアどころかコーカサス全域がロシア領でした)、二十世紀からはクラスノダール地方やアゼルバイジャンでも茶が生産されるようになりました。ソ連時代はジョージアやアゼルバイジャン産の紅茶が良く売られていたそうです。もっとも、現在はインドやスリランカ、中国から輸入されたものがほとんどなのだそうですが。

 ちなみに、日本ではなぜかロシア人は紅茶にジャムを入れて飲むと思われていますが、ほとんどのロシア人はそんなことはしないそうです。お茶請けとしてこれまで何度か述べたヴァレーニエ(果物の砂糖煮)が紅茶とともに出されることもありますが。ではなぜ、ロシアンティー=ジャム入り紅茶となったのか。この謎がいつ解き明かされるかは定かではありません。


 ロシアと紅茶といえば、一つ有名なものがありますね。そう、サモワールのことです。サモワールとは金属製(多くは銅製)の湯沸かし器のことで、大抵は円筒形もしくは円筒に似た形をしています。

 サモワールには蛇口が付いていて、ひねると沸騰させた湯が出る仕組みになっています。紅茶で喉を潤しながら親しい人たちと語り合う時間、ひいては紅茶を伴にした団らんの時間の象徴でもあるサモワールは、かつては平穏な日常生活をも象徴していたのだそうです。

 サモワールは少なくとも1778年にはモスクワの南にある都市トゥーラで作られていました。前回述べたズビーチェニを沸かす容器が元になっていると考えられているそうです。

 現代では電化製品のものがほとんどですが、昔ながらのサモワールは、木炭や松かさで火をおこします。昔ながらのサモワールには真ん中に筒状の煙突があり、その下の部分に炭火を置き、周りに水を入れて湯を沸かすのです。この時にはもちろん煙が出るので、サモワールは煙突をかなり高く立てて、外に出しておきます。

 水が沸騰したら煙突を半分外して室内に運び、濃く煮出した紅茶ザヴァールカを入れたティーポットを上に置きます。するとザヴァールカもサモワールから伝わる熱で冷めないし、この濃いお茶にサモワールの湯を足して好みの濃さにすればいいというわけなのです。

 

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