酒 その③
次なるロシアのアルコールは
蜂蜜酒に言及している最古の記録は、九世紀末から十世紀にかけてのもの。ロシアの国土には太古から中世まで西洋菩提樹の原生林が広がっていて、古代のスラヴ人は西洋菩提樹の花に群がる蜜蜂の生態を観察することで、養蜂の技術を習得した。養蜂ができるようになれば、蜂蜜酒も造れるようになりますね。つまり蜂蜜酒こそがロシア古来の酒だったのです。ただし、中世においては国の経済を支える品物の一つであった蜂蜜を原料とする蜂蜜酒を飲めるのは、諸公や貴族だけ。庶民にとっては高値の花で、「蜜酒と一緒に
蜂蜜酒は作り方も既に九世紀~十世紀の時点で幾つかあったようです。最も古い製法だと、大量の蜂蜜にコケモモや木苺などのベリー類のジュースを混ぜて自然発酵させた後に樽に詰めて地中に埋め、十五年から四十年もかけて熟成させていたそうな。他に、蜂蜜を発酵させて更に蒸留し、ホップやその他の香料で香りを付ける、という方法も。
その後十世紀から十一世紀に、あらかじめ準備していた蜂蜜酢を加えたり、煮たりして発酵を早め、ビールのように早く作る製法が開発されました。が、十六世紀には普及し始めたウォッカに押されはじめ、やがて伝統的な製法による蜂蜜酒は廃れたそうです。これには、中世末期から森林伐採と原野の開拓の過激化し、十八世紀頃には蜜蜂が好む自然が破壊され養蜂業が衰退したという事情もありました。
それでも十六世紀以降も蜂蜜酒と称されるものの製造は続けられました。煮て作るタイプのものは上記のようにビールに製法が似ているため、十九世紀にはビール構造所で作られることが多くなったそうです。近代以降のものだと、水に溶かした蜂蜜にジャガイモなどから作ったスピリッツなんてものもあるそうな。
上記のような蜂蜜酒は、水を全く加えず蜂蜜そのものを発酵させて作った、最初期の蜂蜜酒とは根本的に異なります。それでも、「ミョート」が蜂蜜であり、香りのよい酒であるというイメージは、民話を通してロシア文化に受け継がれています。結婚というハッピーエンドで終わるロシア民話は大抵「私も披露宴に参加してビールと蜂蜜酒を飲んだけれど、髭を伝って流れて口には入らなかった」と結ばれるのだそうです。
次なる酒はビール。上記の蜂蜜酒がウォッカ搭乗前の富裕層の酒だとすると、ビールは庶民の酒でした。上記昔話の定型にも、蜂蜜酒と並んで登場しますしね。もっとも、ビール作りは知識と技術だけでなくかなりの労働力や費用も要するため、昔のロシア人は現代人のように年がら年中ビールを飲んでいたわけでもないのですが。一般的に、ビールは祝祭日や婚礼などの祝いの日のために醸造されていたそうです。またロシアのビールにはブラーガというライ麦を原料とする農家の自家製ビールがあるものの、大麦や燕麦を原料とする「いわゆる」ビールよりも味が劣るのだとか。
あと、中世ロシアには特定の日のための共同出資による農民の宴会があり、そこでは村中の共同作業でビールが作られていたそうです。ために、直訳すれば「彼とは一緒にビール作りはできない」となる諺が「彼とは一緒にやっていけない」を意味しているのだとか。
現代ロシア語でビールを意味するのは「ピーヴォ」ですが、中世ロシア語ではビールはオルもしくはオルスと呼ばれていたそうです。では「ピーヴォ」は何に由来するかというと、ロシア語の「
つまりロシア語ではウォッカは水に、ビールは「飲む」に由来する、極めて基本的な存在なのです。が、近代以降のロシアでは、キエフ・ルーシ時代から存在していたビールは、ウォッカほど一般化しなかったそうです。それには、ロシアの厳しい寒さの中身体を温めるならウォッカの方が適しているという事情があります。
また、ロシアにはアルコール分がほとんどないビールともいえる飲み物クワス(詳しくは次回ぐらいに述べる予定)があるため、爽やかさを求めて飲むならクワスの方が適していた、という事情も関係しているのだとか。とはいえペレストロイカ以降のロシアではビール産業が急速に発展し、ビール人気も高まったそうです。
お次はワイン。もっとも、もちろんロシアの大部分は葡萄の栽培に気候が適していないため、近代以前のロシア人にとってはワインは高価は舶来品であり、到底庶民が味わえるものではありませんでした。ワインという存在そのものは九世紀から知られていて、ウラジーミル聖公による正教受容後は、典礼に不可欠な儀礼酒としてビザンツや小アジアから輸入していたのですが。ワインがロシアの食生活に定着したのは十七世紀以降のことで、それ以前は名門の貴族でさえ特別な祝賀の席でしか飲めない希少な酒だったそうです。
現在でも、ロシア国内でワイン醸造で知られているのは北コーカサスのクラスノダール地方というところだけだそうです。あとは、今はウクライナ領だけれどクリミア地方もワインを作っているのだとか。ですがやはり全体的には、ロシアはワインを輸入に頼ってきました。そもそもクラスノダール地方もクリミア地方も、エカチェリーナ二世の時代に獲得された領土ですし。
ソ連の構成国でワインの名産地として知られている国はジョージア、アルメニア、モルドヴァなどの、南方の国々です。中でも現在のロシアにとってヨーロッパのワインと同じくらい重要なのが、ジョージアのワイン。なんでも、あのクレオパトラもジョージア産のワインを愛飲していたのだとか。コーカサス山脈の南麓一帯は葡萄発祥の地とも言われていて、様々な種類の葡萄が育てられているのです。
ジョージアは現在でも太古から受け継がれてきた方法通り、地中に埋めた
あとロシアとワインの関係で特筆すべきことは、十九世紀初頭にはロシア国内でシャンパンを作ろうとのチャレンジが始められていて、その努力は実り「
これにて酒編は終わりです。最後になりましたが、酒編もまたロシアのことわざの本も参考にしています。
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