前菜 ③ザクースカ色々 下

 今回はブリヌイについてです。と、言ってもまずはブリヌイとはなんぞや? という話ですよね。微笑みの国を舞台にしたガンアクション漫画の、通称がロシアの楽器の名前の姉御の「私がこの世で我慢ならんものが~」というセリフから、存在は知っている方もいらっしゃるでしょうが。

 ブリヌイとはロシアのクレープのことです。と、いってもブリヌイはロシアにキリスト教が齎されるよりも前から存在していたそうです。なので、クレープをフランスのブリヌイと呼ぶ方が正しいのかもしれません(クレープの元となったのはフランス料理のガレットなのだそうです)。

 ちなみに、ブリヌイとは複数形で、単数形はブリンになります。他、ブリンチキという、ブリンを指小形(語尾にチクをつける)にしてちょっとかわいく呼び変えた程度のニュアンスの呼称もあります。なお、ブリンとは古代ロシア語で「挽かれたもの」を意味するムリンの語頭のMがBに置き換わってできた単語です。挽かれたもの=穀物を挽いた粉ですから、名は体を表していますね。


 ブリヌイとクレープの最大の違いは、ブリヌイは生地にイーストを加え発酵させてから焼くというところでしょう。ブリヌイの生地は炭酸ガスが最大限発生するまで寝かせてから焼くため、独特の軽やかな食感となり、焼き上がりも早いのだとか。

 焼き方はクレープと同じく円形に、薄く焼きます。この丸い形から、ブリヌイは太陽を象徴してもいます。なお、ロシアには「初めて焼くブリヌイはダンゴになる」という、何事も始めは上手くいかない、という意味の諺があるぐらい簡単そうでいて美味く作るのに修練のいる食べ物なのだそうです。

 他、ブリヌイ(ブリン)が登場することわざには、甘言に騙されるなという意味の「バター入りのブリンのように口の中に滑り込む」、「ブリンはくさびではない、腹を断ち割ることはない」=美味しい物は別腹、などがあります。


 ブリヌイは焼きたてならバターを付けただけでも美味しいけれど、スメタナを付けたり、酢漬けのニシンやイクラ、キノコに茹で卵、それにジャムなどの様々な具を乗せて食べるのが普通。ブリヌイにはあのキャビアを乗せることもあるそうですから、on the キャビアのブリヌイはぜひ食べてみたいですよね。


 ブリヌイは一年中日常的に食べられる家庭料理である一方、マースレニツァという祭日週間を代表する「ハレ」の儀礼食でもあります。マースレニツァとは、現在の暦だと二月から三月ごろに行われる、民間儀礼の中では最も賑やかな、カーニバル的な祭日です。また、ありとあらゆる遊びの時でもあります。

 正教会の公認の祝祭日ではありませんが、復活祭パスハの七週間前までの一週間、つまり大斎直前の、月曜日から始まる一週間がマースレニッツァとされています。

 この期間は太陰暦では冬の終わりと新年にあたるため、冬送りと春迎えの祝祭期間でもあります。マースレニツァまでが冬、それ以降が春というように季節が分かれることになるのです。そのためなのか、行われる行事の中にはスラヴの異教の要素を残すものがあります。

 またマースレニツァの期間はバター(ロシア語でマースロ)、牛乳、スメタナ、チーズなどの乳製品が供されてもいました。このことからバター週マースレニツァという名が生まれたのです。

 マースレニツァのご馳走には、ブリヌイ以外にもピロシキや揚げ菓子、魚など色々あります。マースレニツァでは肉食が禁じられているので、肉料理は出ませんが。

 が、マースレニツァといったらやはりブリヌイ。この期間に最初に焼かれたブリヌイは死者の追善供養として天窓に供物として置かれるか、物乞いに与えられていたそうです。マースレニツァの、バターを使って黄金色に焼かれたブリヌイは、太陽と春を象徴しているのです。


 さて。ここからは「家庭で作れるロシア料理」に載っていたレシピ通りにブリヌイを実際に作ってみたレポを記していきます。

 材料と手順は、イーストを加えて発酵させる以外はクレープとさほど変わりありません。ただ、「初めて焼くブリヌイはダンゴになる」の通りになってしまいましたね。レシピ通りに作れば十五枚焼けるはずなのに十枚ほどしか焼けなかったから、今回焼いたブリヌイは通常の1.5倍の厚みになったのだと思います。

 だけど焼きたてを一枚味見してみると、強力粉を使っているのでモチモチ、でも発酵させたので、ふんわりととろけるような舌触り。今回はシンプルにバターと蜂蜜をかけて食べましたが、しょっぱい具も甘い具もなんでも合うことは間違いなしの味わいでした。

 某姉御は嫌いな冷めたブリヌイも、不味くはないどころか美味しかったです。あくまで生地単体での評価なら焼きたてあつあつが☆五つなら、冷めたのは☆四つという感じ。これに具材の味わいが加われば、冷たい生地の方が美味しく感じることもあるでしょう。美味しいブリヌイ、作るのも結構簡単だったので、皆さまぜひお試しあれ。


今回のスペシャルサンクス

・ユーラシア・ブックレット104 諺で読み解くロシアの人と社会

・ユーラシア・ブックレット136 ロシアの祭り

・ロシアの歳時記

・家庭で作れるロシア料理


 


 

 


 

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