味付け

 ある意味最も重要な回ですね。どんなに良い材料を仕入れたところで、味付けに失敗したら元も子もないですから。

 伝統的なロシア料理は素材の味を生かすため、塩コショウで味を調える程度なのだそうです。しかも、コショウすら本来はさほど大きな役割を担っているわけではないのだとか。旧ソ連時代のレストランにも、慢性的な品不測の影響もあったでしょうが、コショウはなかったそうです。つまり、


 結論:伝統的なロシア料理の味付けは塩さえあればなんとかなる。シンプルイズベスト。


 というわけなのです。私が持っているレシピ本には、砂糖を使っているレシピも載っていましたが、確かに味付けはどれもシンプルでしたね。

 ロシア料理にはフランス料理のような様々な種類のソースもなければ、中華料理の調味ソースのようなものもありません。日本の醤油に比せられるものとしては、前に述べたスメタナ(サワークリーム)がありますが。あと、乳製品の回で書き忘れてたんですが、スメタナは「ディカーニカ近郊夜話」では「酸乳脂」という漢字が充てられていました。スメタナの製造過程を考えると、なんか納得できますね。


 というわけで、伝統的なロシア料理は強い味の香辛料やソースを使わないので、あっさりとして飽きが来ない味をしています。毎日食べるとしたら、こんな料理がいいですよね。

 でもそれにしたって味付けが塩コショウだけじゃなあ~、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ロシア料理ではスパイスはあまり使わない代わりに、ハーブが多用されます。ハーブは料理の仕上げとして、味を引き締める薬味として、ロシア料理に欠かせない役割を担っているのです。


 ロシア料理に使用されるハーブは、

・イタリアンパセリ:セリ科オランダセリ属

・ディル:セリ科イノンド属

・セロリ:セリ科オランダミツバ属

・チャービル:セリ科シャク属

・葱:ヒガンバナ科ネギ属

・マジョラム(マヨラナ):シソ科ハナハッカ属

・タラゴン(エストラゴン):キク科ヨモギ属

・サフラン:アヤメ科クロッカス属

・エシャロット:ヒガンバナ科ネギ属

・コリアンダー(パクチー):セリ科コエンドロ属


 など。ロシアではこういったハーブを「青ものゼーレニ」と総称し、新鮮なハーブを数種類組み合わせて様々な料理に使います。サラダにしたり、スープにしたり、添え物にしたり。

 中でも最もロシアの食卓に上るハーブは、ディルとコリアンダー、イタリアンパセリの三つ。ディルはロシアで最も広く栽培されていて、サラダやスープ、肉料理、キュウリやトマトの塩漬けにと、ほとんどは乾燥させたものではなく生の葉を用います。

 コリアンダーは葉と種がそれぞれ料理に使われます。葉はスープやサラダ、肉料理に。種はパンやお菓子作りや、魚をマリネする時、キャベツを塩漬けにする時に。

 イタリアンパセリは長く香りを保つので、生でも乾燥でも利用されます。スープにいれてもサラダに入れてもよし、肉料理にも魚料理にも合う万能選手です。


 今回はいつもよりちょっと短めになちゃったので、「ディカーニカ近郊夜話」にも出てきた「イワン・クパーラ」というマジカルな日について簡単に述べていきたいと思います。

 七月七日のイワン・クパーラは洗礼者ヨハネの誕生日とされている日で、「聖ヨハネ祭」を意味します。ですがこの日の起源は古い夏至の祭りにあり、民衆暦の年中行事では最大の祭りでもあります。

 この日は一年のサイクルの中では冬至のすぐ後のクリスマスに対応していて、ゆえに植物の生命力が最大限になる、火と水の祭りの日でもあります。この日採った薬草には特別な治癒力があるとも信じられていました。

 イワン・クパーラの日、人々は太陽の下で水浴することで太陽と水の結婚を言祝ぎ、ひいては太陽と水の調和が穀物の結実を促し、豊作になるようにと祈ったそうです。

 

 イワン・クパーラの祭りでは、地上の火であるたき火――つまり太陽の象徴――をし歌ったり踊ったりしてどんちゃん騒ぎをして、たき火の上を飛び越えたりします。地上の火であるたき火を飛び越えることで身を清め、禍を払うのです。

 植物の生命力が最大限になるイワン・クパーラの時期は、魔の力も最高になります。またイワン・クパーラの前夜は、世界中の悪魔や魔術師、魔女がキエフ郊外の禿山に集まるとされていた日、つまりロシア版ワルプルギスの夜でもあります。そんな怪しい力に対抗し、邪気を払うため人々は水浴したりたき火をしていたのです。なので、水浴を嫌がったりたき火を越えるのを疑った人は魔術師ではないかと疑われ、火炙りにされたこともあったのだとか。

 なお、若者の溢れる生命力も邪気を払う力があるとされていました。そのため若者たちは歌って踊ってのどんちゃん騒ぎどころか、門を壊したり道行く人に泥水をかけるなどの乱暴狼藉をしても、イワン・クパーラの日に限り許されていたのです。むしろ、乱暴狼藉をしてくれないと魔の力に対抗できないので、推奨されていたのだとか。


 ざっとこんな感じですが、イワン・クパーラには前夜、一瞬だけ魔法の花が開花するなどといったイベントもあり、ディカ―ニカ近郊夜話では、この魔法の花にまつわる悲劇が語られています。

 イワン・クパーラについては「ロシアの歳時記」と「ロシア民族夜話」という本で詳細に語られているので、興味をそそられた方はぜひお調べ下さい。私は「ロシア民族夜話」で述べられていた、金曜日に布や糸に関わる仕事をするのは絶対許さず破った人間には罰も辞さない、パラスケーヴァ・ピャートニッツァという女性聖人に畏敬の念を抱いてしまいましたね。日本人にはマジで聖パラスケーヴァ・ピャートニッツァ様の精神が必要だと思うんですよ。

 あと、ロシア料理の味付けにもイワン・クパーラにも全く関係ない話ですが、最近私は絶賛アニメ放送中の「吸血鬼すぐ死ぬ」というギャグ漫画にハマったので毎日楽しいです。全巻大人買いしました。アニメ七話にはついに吸血鬼Y談おじさんが登場するので、突然乱入してきたパワーワードが気になった方はぜひ視聴されてみてください。

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