ロシアのパン その②
さて。ロシアのパンは黒パンと白パンがあって(ライ麦粉と小麦粉を混ぜ合わせて作った「混合パン」なるものもある)、種類も豊富ということが分かりましたが、具体的にどんな名前のパンがあるのか分からないとちょっと寂しいですよね。という訳で、以下で本に乗っていた白パンの名前と特徴をざっと列挙していきたいと思います。なお、現代ロシア語で白パンを表す一般的な名詞「ブールカ」は、語源には諸説あるものの文献に登場するのは十八世紀からと比較的新しい単語なんだそうです。
・サイカ:生地にミルクとバターを加え、あまり発酵させないうちに焼く。
・カラーチ:サイカとは反対によく膨らませる。南京錠のような形をしている。「ロシアの歳時記」という本によると白パンの中でも上等なものらしいです。
また、「こねて揉まなければカラーチは出来ない」という日本の「玉磨かざれば光なし」を意味することわざがあったりします。材料に牛乳にバター、卵などが入るカラーチの生地は重くなり、時間をかけて練り上げないとならないのです。
「困窮はカラーチを食べることを教える」=「窮すれば通ず」ということわざもあります。前述したように南部では北部よりも多く小麦が収穫できる。凶作や飢饉の年に北部の農民が南部に出稼ぎに行ったり、逃亡したりしたという歴史が背景になっていることわざです。
・ブールカ(ブーロチカ):小型
・ヴィトゥーシカ:ロールパン
・クレンデリ:数字の8の字型
・バランカ:ドーナツ型
・ブーブリク:太くて大きいドーナツ型。なお、私が最近読んだゴーゴリの「ディカーニカ近郊夜話」では「ブーブリキ」として、輪麺麭なる漢字が充てられていました。
・カラヴァイ:大きな丸形。「パンと塩」のもてなしにはカラヴァイが使われる。
・ボロジンスキー:混合パンの一種。色はダークブラウンで、仄かな甘い香りがある。キャラウェイとコリアンダーシードが上に振りかけられているのが特徴。
折角なので、「ロシアの歳時記」に出てきたカラーチやその他、既に名が出てきたもの以外のパンの書いておきますね。なお下記の一連のパンは、十九世紀末のモスクワを舞台にした、ある作家の自伝的小説から挙げられたものです。
・スハーリ:黒パンの乾パン
・甘いけしの実が渦巻き状に入ったパン。
・バラーンカ:薔薇色をした輪型パン
・プィシカ:ふっくらした菓子パン
・グレーチニク:蒸したそば粉をついて焼いたもの。餅のように切って積まれている。
・スーシカ:小型でかりっとした輪型のパン。なお、輪型のパンはある程度以上の大きさがあるものは紐に通し、ネックレスのように束ねて持ち運びするようです。
・ひばり:三月二十二日の春分の日であり、大斎期の「四十人の受難者の日」に焼かれる。名前から分かるように鳥の形をしていて、レーズンの目も備えているという、食べる時に少し心が痛みそうな可愛らしいパン。この日、子供たちが焼いてもらった「ひばり」を手に屋根や高台に登って春を呼ぶ歌を歌うという習俗があったのだとか。
この日は別名「ひばりの日」とも呼ばれ、ひばりの形のパンを焼くことで、ひばりが四十種類の鳥とともに春を引き連れて来ることを祝ったそうです。またこの日が暖かければその後四十日の天気は穏やかだが、寒ければその後四十日の早朝は厳寒になるとの言い伝えがあるのだとか。ちなみに、三月十七日はミヤマガラスの日とされていて、人々はこの日ミヤマガラスの形のパンを焼き、通りを行く人をもてなしたそうです。
・クリーチ:伝統的な復活祭のケーキ。砂糖で味をつけ、バターとクリームをたっぷり練り込み、レーズンを混ぜたパン生地を、円筒型に焼き上げたもの。天辺には粉砂糖をまぶしたり、
・アルトス:一プード(約十六キロ)もありそうな特別な聖パン。普通の聖パンは子供の掌にも乗るサイズなので、そのけた外れの大きさのインパクトが想像できますね。教会では上等な小麦粉で、他に混ぜ物をせずに焼くらしいです。
更に、「ディカーニカ近郊夜話」に出てきたブーブリキ以外のパンの名前も。
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ゴーゴリは作品こそロシア語で書いたけれどウクライナで生まれ、就職のためにサンクトペテルブルクに移るまではウクライナで育ちました。解説によると「ディカーニカ近郊夜話」には彼の故郷の習俗がふんだんに盛り込まれているそうなので、上記のパンも厳密にいえば「ロシアの」パンではないかもしれません。でもまあ、大きな目でみれば仲間みたいなものだろうということで。
あと、パンには全く関係がありませんが、ゴーゴリを主人公にしたその名も「魔界探偵ゴーゴリ」という映画があるそうです。こう……すっごく私たちの中に眠る中学二年生が疼いてくるタイトルじゃないですか? 私の中の中学二年生は大騒ぎしました。ちなみに、「魔界探偵ゴーゴリ」はロシアで興行収入一位を獲得したそうです。
ところで、ロシアのパンといえばピロシキを忘れてはなりませんが、ピロシキについてはまた別の所でまとめさせてください。
前回と今回のスペシャルサンクス
・ユーラシア・ブックレット104 諺で読み解くロシアの人と社会(著:栗原成郎)
前回と今回で取り上げたことわざは主にこの本から。ことわざの意味だけでなく、その背景となる歴史やロシアの人々の精神性まで分かりやすくまとめられた一冊です。
・ロシアのパンとお菓子(著:萩野恭子)
「パンと塩」のもてなしの際に参考にしました。と言ってもメインはレシピで、しかもロシアのみならずロシア周辺諸国のパンのレシピも載っているという、大変お得な本です。
・家庭で作れるロシア料理(料理:萩野恭子 エッセイ:沼野恭子)
主に「パンと塩」と斎戒の部分で参考にしました。この本は上の本とは異なり、前菜やおかず系がメインのレシピ本です。なんと、中央アジアやコーカサス、バルト三国の料理のレシピも載っています。
・ロシアの歳時記(編・著:ロシア・フォークロアの会 なろうど)
一冊で古き良きロシアの自然・年中行事・生活の様子などなどについてカバーしている大変素晴らしい本です。
・ディカーニカ近郊夜話(著:ゴーゴリ 訳:平井肇)
ウクライナのフォークロアを下敷きに書かれた、ゴーゴリの出世作。歴史的仮名遣いと旧字で書かれているので最初はちょっとひっかかりますが、慣れればすいすいいけるので、皆さんぜひご一読を。 同じゴーゴリの「ヴィイ」もオススメです。
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