ロシアのパン その①
今回はロシアのパンです。ロシアでは他のヨーロッパの国々と比較しても(ロシアを単純にヨーロッパと言い切っていいのかどうかはひとまず置いておいて)よくパンが食べられるし、種類も豊富です。「パンがない食事はひどい」ということわざがあるぐらいに。正教のもっとも厳しい斎戒=精進の日は上は
988年にウラジーミル聖公によって正教が国教とされてから(※)、1917年のロシア革命までおよそ千年。その間ロシアの人々は(何度も繰り返しますが、「ロシア」という呼称が文献で確認されるようになったのは十五世紀からですけれどね)正教の定める食事制限=斎戒を守ってきました。
時代が下るにつれて複雑な規則を厳密に守る人は少なくなり、「精進=肉と卵以外なら何でも食べていい」と考えられるようにはなりましたが、キリスト教のなかでも正教は斎戒の規則が厳格です。肉食を禁じられる日は年に二百日前後もあり、毎週水曜と金曜日は斎戒の日であるほか、何日も続く斎戒期が年に四回もあります。
例えば復活祭に先立つ「大斎」と呼ばれる七週間の斎戒期は、肉や卵どころか乳製品の摂取も禁じられているほどです。日によっては植物油も駄目なのだとか。その反動として、精進日ではない日、特に祝祭の日の食卓には質量ともにオーバーな料理が並ぶことになります。
※
ルーシの支配者で初めてキリスト教になったのはウラジーミル聖公の祖母オリガですが、彼女の場合はあくまで個人的なものでした。息子のスヴャトスラフ一世は改宗しなかったぐらいです。
ちなみに、改宗前のウラジーミル聖公は、一言で表すと「ヒャッハー」です。現在のベラルーシにあったポロツク公国の姫に求婚して断られたらポロツクに攻め込み、姫の親兄弟を殺して力ずくで娶るなど。なおこの姫は、ウラジーミル聖公の異母兄であるヤロポルク一世との結婚話が進んでいたそうです。
ある主教には「大いなる極道者」と呼ばれていた改宗前のウラジーミル聖公。でも(だからこそ?)君主としてはかなり有能で強いです。国際状況的にウラジーミル聖公が決断しなくてもルーシはキリスト教国になっていたかもしれない。でもそれまでのスラヴの神々を捨てて正教を国教とする、という重大な決断を推定三十歳という若さでできたのは本当に凄いと思いませんか?
これまたちなみに、求婚を断ったら親兄弟を殺された女性がヤロスラフ賢公の母親で、彼女の悲劇的な生涯はベラルーシ史の代表的な逸話だったりします。ウラジーミル聖公がビザンツ皇女と結婚する際に離縁されましたしね。またまたちなみに、ウラジーミル聖公は反抗してきたヤロスラフ賢公との戦の準備をしている最中に亡くなったそうです。
ウラジーミル聖公の誕生~ヤロスラフ賢公がスヴャトポルク一世とのキエフ大公位争いに勝利するまでの流れはまるで小説のように面白いので、興味を持たれた方はぜひキエフ・ルーシについて調べてみてください☆彡
さて。ロシアでパンといったら黒パンと相場が決まっています。今日でこそ小麦粉から作られる白パンも、ライ麦粉から作られる黒パンと同じくロシアの食卓に上るようになったのですが、伝統的にロシアで愛されてきたパンは黒パンだったのです。なぜかというと、ライ麦は寒冷な気候や痩せた土壌といった悪条件でも育つ、ロシアの風土にぴったりの穀物だから。また、ライ麦粉は栄養が豊富なので。
ロシアの南のウクライナでは気候はロシアと比べて暖かいし、土壌は肥沃だしで(
また、「そば
ロシアの黒パンには独特の酸味があり、この酸味こそがロシアの人々に好まれてきました。ロシアでは「酸っぱい物は身体によい」と信じられていたのです。
食べ方は、トーストせずに薄く切ってそのまま。薄く切った黒パンにバターを塗って、その上にキャビアやイクラをたっぷり乗せると最高の酒のつまみになるそうです。
ちなみに、ロシアの人にとってパンと塩は、客人のもてなしにおいて非常に象徴的な意味を持っています。現在においても大事な客を招く際は、その家の主婦がお盆の上にタオルもしくは刺繍をした布を敷いて大きな丸パンを置き、その上にひとつまみの塩を置くか塩入の器を添えて、家の入口で客を迎えます。
招かれた側はパンをちぎって塩を少々付けて、まだほんのり温かいパンを食べます。こうすることで招き主側は最大限の歓迎を表しているのです。ロシア語で「パン・塩」もしくは「パンと塩」は「もてなし・ご馳走」を意味しています。また、ロシア語でパン(≒黒パン)を表す一般的な名詞は、同時に穀物をも表しています。
なお、ここでのパンは食卓そのものを意味していて、塩は古くは家事から家を守るものを、やがて美味しい食事を象徴するようになったのだとか。つまり、パンと塩で最大級のご馳走を表しているのです。またこのパンと塩の儀礼は婚礼の儀礼の一つであり、家庭の幸福の象徴として新婚夫婦に進呈されたりもします。
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