中世ヨーロッパ その⑥

 ふと気づいたんですけれど、「売春の社会史」は上下巻に分かれていて、まだ上巻分もまとめ終わってないんですよねえ……。ということで、今回はちょっと巻いていきたいと思います。ちょうど今回まとめようとしているところは、売春婦と文学がテーマという別に飛ばしてもよさそうな部分なので。


 まず、中世ヨーロッパの諸国家はこれまで述べてきたような施策をしていました。教会側も、悔い改めた娼婦には修道院入り・特別な施設(修道女になる誓いを立てずに、修道生活がおくれ、結婚のためにそこから出ることもできる所。一般社会に順応するための、一種のリハビリ施設のようなものだったのでしょう)入りを勧めていたそうです。

 また教皇インノケンティウス二世は、相手を更生させるために娼婦と結婚する男性は慈悲深いと称賛し、最後の審判の際には彼の罪は軽減されるとも言ったそうです。が、一般的には娼婦と結婚した男は馬鹿にされたし、娼婦が結婚するには公開の場で購いの苦行を行い、特別免除ディスペンセイションを受けなければならなかったのですが。

 

 世俗と聖会のどちらもが対策をしても、「必要悪」である売春はやはりなくならない。で、中世ヨーロッパの初めには古代ギリシャのヘタイラのような、地位がある娼婦は存在していませんでした。ですが中世も末期になると、高級とされる娼婦が現れてきたのです。経済的な要因――女性が芸術家のパトロンになれるだけの経済力を備えるようになったためと、文化的な要因――ロマンチックな恋愛に対する憧れが生じたために。

 資金力があって、ロマンスを好む女性。その最たるものが、アキテーヌ女公であり、フランス王と結婚したこともあり、イングランド王妃でもあるアリエノール・ダキテーヌです。ヨーロッパの祖母とも言われる彼女は、吟遊詩人を庇護して多くの文芸作品を誕生させ、また洗練された宮廷文化をフランスとイギリスに広めました。


 あと他に、プラトン主義で言われる愛の影響もあります。つまりプラトニック・ラブは男性対男性の精神的な愛として使われていましたが、中世後期にプラトン哲学が盛んに研究されるようになると、プラトニック・ラブが男性から女性への精神的な愛として解釈されるようになりました。男性が使命と神のために働くことができるのは、女性の美と善への愛ゆえだと。ま、同性愛はタブーなキリスト教社会で、原文まんまの解釈が許されるはずはないですものね。

 ちなみに、宮廷恋愛の法の集成者アンドレ司祭という人は、人を愛するという感情は高貴な身分の者にしか生まれず、下層階級の人間が恋愛感情を抱くに値する特性など備えているはずがないと考えていたそうです。だからもしも貴族が農民の女性を気に入って気持ち(というか性欲)を抑えきれなくなったらその場で女を押し倒せばいい。愛という感情を持たない女を、宮廷風の手順を踏んで口説いたところで無駄なのだから。普通の売春婦を相手にする場合も、口説く必要も指図(プレイの内容のですかね?)する必要もない、と。いやこいつ、ほんとクズじゃないですか? なーにが宮廷恋愛の法の集成者だ、って感じ。しかも上記のような下種の考えを持っていたのは、彼一人じゃなかったそうだから、眩暈がしてきますね!

 

 とにもかくにも、ロマンチックな風潮は女性の地位を向上させ、結果高級娼婦クルチザンヌは知性と魅力を兼ね備えた女性として崇拝される、社交の花になりました。ちなみに中世ヨーロッパでは、高級娼婦のもとを訪れる男性は結婚を考えての交際だと言っていたそうです。もしそれが本当になれば、最後の審判のときに神の慈悲を賜ることにもなりますしね。


 ところで、courtesamクルチザンヌとは廷臣クルティエ(courtier)から派生した言葉で、本来は「宮廷に関わりがある女性」を意味します。そこから、王侯貴族の愛人やハイクラスの娼婦と同義語になっていったのですね。

 高級娼婦の獲物は専ら上流の男性でした。彼女らはそうすることで、自分で高嶺の花になっていたのです。こうした高級娼婦に対する憧憬は、売春が多少はロマンチックなものとして認識されるような傾向を導いたのだとか。

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