中世ヨーロッパ その⑤
中世西洋の君主たちが前回のような売春の取り締まりを強化していったのは、売春宿が悪人の隠れ家として使われるなど、社会不穏の原因になる恐れがあったためなのだそうです。なので都市によっては、市壁内での売春を禁止するところもありました。ですが一方、一定の地域の限られた者だけに売春を許可するところもあったのです。たとえばイギリスのブリストルでは、売春婦とハンセン病患者は同じ扱いをされていて、どちらも城門内への立ち入りを禁止されていたのだとか。
しかし、小都市では効果があった上記の方法が、大都市でも有効だとは限りません。ロンドンは一時市内から売春婦を追放しようとし、市壁のすぐ外に居住区も設けました。が、大した効果は上がらず、市内の特定地域に限り売春を許可するようになったのだそうです。指定地域外の売春宿は、バレるとドアと窓を外され、それでも娼婦たちがそこを離れなければ、ロンドンの教区吏員はその売春宿を壊してもOKだったのだとか。
また、ロンドン市内で見つかった売春斡旋人は男ならば頭と髭を剃られます。加えて初犯の場合は晒し台で晒され、二度目は投獄。三度目は追放の刑を処されました。売春斡旋人が女だった場合は、剃るのが頭だけなぐらいで(髭生えてないんだから、そりゃそうだ)、後は同じです。ま、こんな風に締め付けが強くなると、他の職業を隠れ蓑にした売春が増えていったそうなんですけれどね。理髪屋や風呂やの経営者は特にそうだったので、ロンドンでは定期的に浴場と理髪屋の検査が定期的に行われることになったそうです。
中世西洋社会では浴場は大都市には必ず設けられ、貧しい人々が使用できるよう、当局が援助していました。そんな浴場を、売春が裏で盛んに行われるようになったからといって、潰すわけにはいかないですものね。
中世後期に行われた最も一般的な売春取り締まり方は、娼婦の居住区や身なりのどちらか、あるいはその両方を制限することでした。上の方でも出てきたイギリスのブリストルでは、娼婦は良家の女性は使わない縞模様の毛皮をフードに使うよう命じられていたそうです。それにしても、縞模様の毛皮を良家の女性が使わなかったのはなんででしょうね? 虎みたいでカッコよくないですか、縞模様のフード。
で、ブリストルの売春婦は指定の区域の外に出ても咎められはしなかったけれど、売春宿以外の家に客と入らないように厳しく監視されていたのだとか。ロンドンでは、娼婦が特別指定区域の外で大手を振るって歩くと、最終的に市から追放されていたそうです。
ちなみに、中世ヨーロッパ全体で娼婦の衣服・あるいは色として認識されていたものはなく、国や地域によってその印は様々でした。ただ、ヨーロッパでは娼婦を買うことを婉曲的に「薔薇を摘む」と表現したところが多かったそうです。
中世西洋社会の娼婦は居住区制限・特定の服装や恰好(髪を染めるなど)の指定といった制約を受けていたため、街に出て客を探すのではなく、売春宿で客を待つのが普通でした。
ま、それでも売春というのは管理のしづらいもので、ラテン語が読めるため法律上は聖職者と同じ扱いを受けていた学生(当時の大学は、教会の付属機関だった)や、更にはれっきとした聖職者が娼婦を買うことは、珍しくもなんともないことだったのですが。というかそもそも、一部とはいえ修道女は位も様々な聖職者と姦淫の罪を犯し数多の私生児を産み、修道士は教会の金がをいかがわしいことに使い浪費する~なんてぐらい堕落していたところもあったそうなので。修道院で用いられる呼称が売春宿で使われる――例えば売春宿は修道院、女将は尼僧院長、娼婦は修道女と呼ばれることもしばしばだったそうですし。落ちているところはどこまでも落ちぶれていたんでしょうね。
国家がひとたび売春統制の必要性を認めたからには、その見返りとかなんとかもっともらしい理由を付けて、売春宿を国家の財源とするようになるのはある意味当然の流れでした。都市によっては、公娼制度を設けたところもあるぐらいです。多くの場合、土地の刑吏は収入の足しに売春宿の監督をしていたのだとか。
ちなみに、教皇の御膝元のローマでは教皇の役人が売春宿から集金していたのですが、アヴィニョン(フランス南東部の都市)は、ナポリ女王ジョバンナ一世から教皇クレメンス一世へと売却されてからも、庇護者を教皇として売春が続けられていたというのですから、なんとまあ……。
娼婦は怪我人の看護や料理に洗濯、キャンプ内の整理整頓などの兵士の世話といった軍の運用のためにも必要な存在だったので、そもそも無くすというのが土台無理な話だったのでしょうね。
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