中世ヨーロッパ その④

 今回からは中世西洋国家が売春という問題にどのように取り組んできたか、です。

 前回述べたように、娼婦は中世西洋の社会からいなくなることはありませんでした。中でもパリの娼婦はその奔放さで名を馳せ、数も極めて多かったためマグダラのマリアを守護聖人とするギルドを結成していた、とも言われているそうです。真偽のほどは不明なのだそうですが。

 

 で、支配者の権力の増大とともに協会が娼婦に与える懲罰は、世俗の法律によって強化されるようになりました。例えば、死後列聖されたため聖王と呼ばれるフランス国王ルイ九世(在位1226年~1270年)は、1254年に娼婦および売春で得られた金で生活している者全てを国家の法律の保護から外すという決定をしています。

 更にルイ九世はその後、(本では明言されていなかったけれど、おそらく娼婦や売春絡みの事柄で生活している者の)日用品や衣類、毛皮、リネンのシュミーズといったものまでの没収を命じたそうな。

 なお、信憑性のほうは甚だ怪しいけれどルイ九世がこういった布告を出したのは、自分の妃マルグリットと娼婦が教会で座り合わせたのが切っ掛けなのだそうです。ルイ九世は列聖までされた人だし、指輪に王妃への愛の言葉を彫っていたという逸話が伝わっている人だから、何かのきっかけでこういう行動に出ちゃうのは分からなくもないですね。

 ちなみにルイ九世の母は息子と嫁があまり仲良くするのを好まなかったため、ルイ九世は妻の部屋と繋がる裏階段で妻と逢引することもあったそうです。多分ですけれど、ルイ九世がここで「嫁といちゃいちゃするのをオカンが気に喰わないなら、愛人作ったろ!」なんて考えるような良くも悪くも適当な人だったら、売春を無くそうだなんて考えなかったでしょうね。


 ルイ九世の布告のため、パリからは売春のあからさまな兆候はしばし全て取り除かれました。が、やがて諸々の問題が持ち上がり、王の許にはこれまでも何度も出てきた「きちんとした・・・・・・家の妻女を狼から守るためには~」といった苦情が殺到しました。そのためルイ九世は娼婦の追放を諦め、代わりに売春を管理統制する方向にシフトチェンジしたそうです。

 具体的には、以下のような対策をとったそうな。


・娼婦はパリの一定の地域に住むこと、ある種の宝石、高級な服を身に着けることを禁止する。

・娼婦をroi des ribaudsロワ・デ・リボー(娼婦、乞食、浮浪者の王)という、警察官のような権限を持つ判事の監督下に置く。ロワ・デ・リボーは上記の居住区や衣服に加えて行動の禁令に違反した者を逮捕し監禁する権限を持っていた。


 が、やっぱりルイ九世は売春を黙認することに罪悪感を覚え、今度こそフランスから売春を撲滅しようと決意します。しかしルイ九世は他の問題を抱えていたため(←は恐らく十字軍でしょうかね。ルイ九世は十字軍を行った挙句、陣没したぐらいですから)、息子のフィリップ三世にフランスから売春を無くすよう命令しました。

 フィリップ三世は父の命令を忠実に実行し、売春を法律で処罰の対象とし、娼婦やその共犯者に対する膨大な罰則を定めました。でもやっぱりこの一連の施策は直ぐに頓挫し、売春は再び世俗の役人が管理することとなり、自治都市には売春を統制する権限も与えられたそうです。


 ちなみに、ルイ九世以外の為政者が売春に対してどんな対策を採ったかというと、神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世(赤髭王バルバロッサ)は、1158年に娼婦と客の双方を罰する置触れを出しました。娼婦との密通が発覚した兵士は指を切断する・目を刳り貫くといった厳罰に処され、娼婦はそうすれば魅力が薄れるため鼻を削ぎ落される。赤髭王はこうすることで、当時イタリアにいた自分の軍隊に群がる娼婦を追放しようとしたのです。もっとも、鼻を削ぎ落すという娼婦に対する罰が、以降の法律で娼婦に課される標準的な罰になったのに対し、客の方はときおりしか罰せられなかったそうなのですが。

 ま、兵士をバンバン処罰してたら士気に関わりますから、軍隊を率いる身としては麾下の兵への罰は見せしめ程度に行うのがせいぜいだったのでしょう。もっとも、こういったユルさが災いしてか、フリードリヒ一世の施策はあまり効果がなかったそうですが。


 売春対策の法律の模範となったのは、レオン王アルフォンソ九世(在位1188年-1230年)。法による取り締まりとしてはアルフォンソ九世の施策がヨーロッパでは最古の部類なのだそうです。

 ちなみに、本ではアルフォンソ九世はカスティリア(カスティ―リャ)王と表記されていて、確かに彼の息子のフェルナンド三世はカスティ―リャ王なのですが、それはアルフォンソ九世の妻がカスティ―リャ王家の出で、色々あってフェルナンド三世がカスティ―リャ王として即位することになったから。なので、アルフォンソ九世はカスティ―リャ王ではないんですよねえ。また来たぞ、この本の調べればすぐに分かる間違いが……。マジでこの本の訳者はさあ……。間違っていたのは原著からかもしれないけれど、だったらだったで訳注とかでフォローしよう?


 とにもかくにも、アルフォンソ九世は彼の名の下に編まれた法典で、売春で金儲けをする人間の取り締まりに特に力を入れました。具体的には売春で金儲けを企む者を、

 

 ・娼婦の売買を手掛ける者

 ・娼婦に商売の場所を提供する家主

 ・男女問わず売春宿を経営する者

 ・妻に売春を強要する夫

 ・娘を唆して売春に引きずり込む女衒


 の五つのグループに分け、


 ・娼婦の売買を手掛ける者→王国から追放

 ・娼婦に商売の場所を提供する家主→家屋没収の上、罰金刑

 ・男女問わず売春宿を経営する者→娼婦(奴隷だったらしい)の解散、及び彼女らの夫を探さなければならない。違反すると処刑の可能性もあり。

 ・妻に売春を強要する夫→死刑

 ・娘を唆して売春に引きずり込む女衒→初犯なら笞刑、再犯ならガレー船に(恐らくは漕ぎ手の)囚人として送る。

 ・<new>女衒の手助けをした女性→公衆の面前での笞刑に処され、衣服はズタズタにされる。


 という罰を課したのだそうです。

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