インド その③

 前回は控えめに言って地獄のようなデーヴァダーシー(神の仕え女)を取り巻く環境について述べましたが、今回は世俗の娼婦についてです。

 カーマ・スートラの著者であるとされている、古代インドの哲学者ヴァーツヤーヤナは、娼婦を九つのグループに分けているそうです。そのうち最も一般的だった娼婦は大抵奴隷で、クンバという痰壺ほどのやっすい値段で買えたことから、クンバダーシーと呼ばれたのだとか。……しょっぱなからまたまた気が滅入るような記述がやってきましたね。最も一般的だった売春婦の呼び名が「痰壺」かあ……。これ、絶対に値段の他にも侮蔑的な意味合いが込められてるだろ。

 ヴァーツヤーヤナ式娼婦の分類で、クンバダーシーの一つ上のクラスはパリチャーリカー。彼女らは年配の高級娼婦の娘か、もしくは後見されている女。パリチャーリカーは売春宿で働いてはいたものの特定のひとりあるいは複数の、契約を交わした男性とのみ関係を持ったのだそうです。


 で、三番目のグループがクラター、密かに売春して自分の金を得ていた既婚者でした。クラターに類似した娼婦のグループにはサイリニーというものがあって、サイリニーはクラターと同じく既婚者ですが、夫の許可を取って売春していた点が違うそうです。

 配偶者があるけれど身体を売る女には、他のカーストに仕えるシュードラ(カーストの最下位で、隷属民。ただし、下に不可触民がいる)の職人の妻シルパカーリカーがいました。というのも、彼女たちは上のカーストの家庭で働くことが多く、その家の主人の欲望の格好の標的とされたのだとか。

 現代的な価値観からしたら、シルパカーリカーを娼婦に含めるのはなんだかなあ、という感じなのですが、当時の価値観ではシュードラ階層の妻が上のカーストの家庭で働くとなった場合は、暗黙の了解でその家の主人に手を出されることも覚悟しなければならなかったのでしょうね。でもそれって、地位を笠に着て脅してるようなもんだから、これを娼婦と同じ括りに入れるのはな~。

 もしかしたらヴァーツヤーヤナは、複数の男と肉体関係を持った/持つ可能性がある女をひっくるめて娼婦としたのかもしれません。というのも、ヴァーツヤーヤナ方式では、夫を捨てて、情人と駆け落ちして妾として生活するようになった女・プラーカシャヴィナシュターも娼婦に分類してるので。


 踊り子や女芸人(※)も娼婦に含まれていて、しかも高級娼婦の中でも上の方だと見做されていたようです。他の高級娼婦としては、ルーパジービーとガニカーが挙げられています。ルーパジービーは非の打ちどころのない均整の取れた肉体で知られ、ガニカーはいわゆる超高級な女。素晴らしい肉体の持ち主であるだけでなく、文学や踊りや音楽の素養にも優れていました。

 ※「売春の社会史」では「女優」となっていましたが、「バートン版 カーマ・スートラ」の娼婦の種類について述べられている項目では、踊り子と並んで女芸人が挙げられていたので、こちらの方を採りました。ちなみに、「バートン版 カーマ・スートラ」では娼婦だとされている女として、


 ・娼家の女主人

 ・侍女(シルパカーリカーはこの類なのか?)

 ・淫らな女

 ・踊り子

 ・女芸人

 ・家出した女(プラーカシャヴィナシュターは以下略)

 ・美貌を売り物にする女

 ・れっきとした娼婦


 の八つが挙げられていました。


  なお、上記の分類はあくまでヴァーツヤーヤナ式なので、娼婦の分類は他にも様々でした。たとえば「マハーバーラタ」では、


 ・ラージャヴェーチャー:王族の愛妾

 ・ナーガリー:町に一般的に見られる売春婦

 ・グプタヴェーチャー:良家の出身だが、秘密裡に売春をしている

 ・デーヴァヴェーチャー:寺院娼婦

 ・ブラフマンヴェーチャーまたはティールタガー:浴場付き売春婦


 の五つに分けられているそうです。

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