キリスト教

 とうとうキリスト教のターンがやってきましたね! さっそく本題に入りたいところですが、一つ断っておきたいことがあります。それは、「売春の社会史」のキリスト教の章の最初の十数ページ分の内容を、ばっさりカットしたということ。というのも、最初の方はほとんどが、聖書にでてくる売春婦や、売春と関係がある聖女の逸話だったので、別にいいかなあ、と思って。

 だってマグダラのマリアの「マグダラ」の部分にあたるギリシア語のマグダレーネは「髪結い」が語源ではないかという説があるとか、こんな感じのどうでもいい話題が延々と続くんですよ。私は、「ふーん。で?」以上の感想を抱けなかった……。昔娼婦だった聖女の亡骸は、ライオンの檻に入れられても喰われなかったとか、どうでもええねん。


 という訳でここからが本題です。教父(2~8世紀のキリスト教神学者のうち、特に凄いと教会に認められている人たちのこと)たちは売春を定義するのに、金銭の受領という点は問題にしていませんでした。たとえば聖ヒエロニムスが「沢山の男の快楽のために役に立つ女」というように娼婦を定義しているように、どんな理由であれ二人以上の男と肉体関係を持った女は全て娼婦と見做されかねなかったのです。

 そのためなのか、教父たちは主人に忠実で、主人の子を養育している妾には洗礼を受けることを許しているのだそうです。ただし、子供が大きくなってからですが。

 これ、めちゃくちゃ意外ですよね。神に正式に認められていない関係を続ける女とか、教父たちはこれでもかと攻撃していそうなのに。教父たちの中では、主に忠実な妾=肉体関係を持っている男は一人しかいない=その女は娼婦ではないという風になっていたのでしょうか。根拠は何一つないけれど。


 さて。ここで教父の中で知名度も後世への影響もひときわ高い聖アウグスティヌス先生(354~439年)に登場していただきましょう。

 アウグスティヌスはキリスト教徒になる前は、マニ教(ゾロアスター教、キリスト教、仏教、その他諸々をちゃんぽんにしたような教え)を信奉していました。ですが彼は、物質的なもの、とりわけ性行為を穢れたものとするマニ教を信奉していながら、愛人を持って息子を儲けていたのです。後にマニ教に幻滅してキリスト教徒になった彼ですが、彼は性行為が精神の自由の最大の妨げであるという思想をなおも引きずっていた。(私は読んだことないけれど)彼は著作の中で、こう語っているそうです。


「わたしは、女の愛撫と、あの肉の結合ほどに、男の心を高みから引きずりおろしてしまうものを知りません。ところが、妻をもてばそれは必ずついてくるのです。」(カッコ内原文ママ)


 と。――ってこれ、思いっきり賢者タイムのことじゃねーか! ……もしもアウグスティヌスやその他の教父たちが、賢者タイムが起るのは仕方のないことだと知っていたら。そうすればキリスト教の端々から感じられる女性蔑視も、幾分かマシになっていてのかもしれませんね。

 でもまあ、古代世界で賢者タイムなんてものが知られているはずはないので、アウグスティヌスは肉欲や痴情を原罪扱いしてジレンマを解決しました。

 結婚、ひいては性行為は、神に認められている。ならば性行為は、理屈の上では善であるはずである。けれど、具体的な性行為は全て本質的には悪であり、人間は皆両親の罪によって生じたものであると。結婚は性欲を生殖に振り向けるためだけに行うもので、子供を作る意外の目的で性行為を行うのならば、それが例え夫婦間の行為であろうとも罪深い姦淫となると。なんなら、ムラムラしただけでも実際にそういった行為をしたのと同じように罪深いと。そして、そのムラムラを鎮めるため、社会を清らかに保つための必要悪としての娼婦の存在を許容したのです。聖書にでてくる先輩(マグダラのマリアとか)のように、娼婦にだって回心する見込みはあるのだから、と。


 かくして娼婦は、極めて男尊女卑かつ肉欲を敵視するキリスト教社会でも、認められることになったのです。男達がキリスト教の高邁な理想に従って生きられるようになるまでの方便として。そしてそれが制度化され、中世まで続いたのでした。はいっ、キリスト教編はこれで終わり!


 

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