古代ローマ その⑤

 実は今回で古代ローマ編は終わりです。ということで、さっそくガンガンまとめていきます。


 古代ローマ人は、売春を蔑視していたけれど、売春をなくそうとはしなかった。

 古代ローマで売春が無くならなかったのは、一つは軍制上の問題(兵士は結婚できず、軍の高官でさえ何かあったら妻は家庭に残して行くのが普通)。もう一つは、そもそも所持する女奴隷に売春させているものにとっては、売春は生活手段の一つになっているなどの事情が関係します。が、ダブルスタンダードが形成されるにいたった大きな原因は、古代ローマ人の結婚の慣習でした。


 古代ローマでは女性の結婚適齢期は十三~十九歳で、適齢期を過ぎると行き遅れ扱いされます。対して男性は女性よりも年を重ねてから年齢するのが普通で、当然夫と妻の年齢がかなり離れている夫婦も珍しくありませんでした。しかも、古代ローマ人の結婚とは普通親が決めるもので、夫婦を結びつけるのは愛ではなくて義務だったのです。

 上記の事情は何も古代ローマに限ったものではありませんが、結婚相手を選ぶ自由が殆どなかった古代ローマ人が、愛や悦びを伴侶以外に求めたのは不思議ではありません。もっとも、他人の女に手を付けない限りは自由に快楽を追求できたのは夫だけだったのですが。古代ローマでも妻というのは夫の財産だったので、自分の財産が他人の子に渡るのを阻止するためにも、古代ローマの妻は貞淑であるよう求められたのです。でもそれでも、古代ローマの女性は古代ギリシアの女性に比べればはるかに自由だったのですから、古代ギリシアの女性の不自由さにつくづく思いを馳せずにはいられませんね。


 前章でちらっと述べたような、肉欲や性行為を良くないもの、ひいては危険で有害なものとする考え方は、古代ローマで一段とその勢いを増しました。紀元前一世紀のストア派の哲学者ムソニウス・ルクスは「性行為は子供を作るためだけに行うべき。快楽を得るためだけの交わりは、夫婦の間であってもよくない」というようなことを説いたのだそうです。……別にいいじゃんかよ。また、同じくストア派の哲学者で、皇帝ネロの幼少期の家庭教師だったセネカは、


「賢い男は妻を感情ではなく理性で愛すべき。性欲を抑制する力を身に着け、妻の身体に溺れないようにすべき。妻を密通相手のごとく愛するほど汚らわしいことはないから。妻を抱くのは国家と人類の発展のため、子供を産ませるため。とにかく動物を見習って、妻が妊娠したら腹の子を傷つけないように身を慎むべし。妻には愛人としてではなく、夫として振る舞うことが重要」


 というようなことを述べたのだそうです。セネカの言う通りにしてみたら、なんだかとっても無味乾燥な夫婦生活になりそうですね(遠い目)。夫婦の間にできたものといったら、それこそ子供だけとかの。こんな夫婦関係じゃあ、どっちかが死んでも先立たれた方からは一粒の涙も出てこなさそう。乾いた笑いは出てきそうだけど。

 しかもセネカの教え、一般大衆には受け入れられなかったけれど、知識層にはだいたい受け入れられたそうです(更に遠い目)。で、インテリ層の娼婦への蔑視は更に酷くなった、と。また、ストア派的なおセッセの認識はキリスト教の出現とともに次第に力を得るようになり、二世紀の古代ローマ世界で最も有名な医師の一人は「永遠の純潔は健康を招き、性行為は本質的に有害である」と主張したのだそうです。わ~、なんだかとっても、コッテコテのキリスト教的おセッセ観って感じ~!


 古代ローマでは色んな哲学の派閥が生まれ、また色々なおセッセ論が生まれたのですが、本で述べられていたおセッセ観をここで全て述べるようなことはしますまい。ただ、そうした思想の頂点を成しているらしい考えをおおざっぱに皆さまにご紹介して、古代ローマ編を締めくくろうと思います。


「肉体とその欲求は軽視してはならないし、抑圧してもならない。だが肉体は、性欲が魂が高邁な事柄に目を向ける邪魔をしないように、鍛錬しなければならない。人間の特性の根本は世俗からの離脱にあり、世俗に対して無関心になることで、人間は物質生活の汚れから逃れることができる。物質に対する無感動が身に付けば、精神は解き放たれ、知性は世界に関心を向け、唯一の真理と叡智の道に合一することができる。つまり――性行為と性行為の快楽は、どんな場合であっても罪悪なのである!」


 すごい! どっかで見た覚えがある思想すぎる! 流石!!

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