古代オリエント その⑨

 ところで、ヘブライ人の間では男女ともに結婚するまで純潔を守るよう奨励されていたけれど、未婚者同士の婚前交渉は禁じられてもいなかった。その上、婚前交渉や売春によって出来た子供は嫡出と見なされていたそうです。聖書が庶子と見なすのは、近親相姦や姦淫などの「結婚」として認めがたい結びつきや、祭司と離婚した女性の間に出来た子供だけだったのだとか。

 

 ヘブライ人の間でも他の古代オリエントの民族同様、花嫁の処女性は重視されていた。けれど、未婚の娘から合意の上であれ強制的にであれ処女を奪っても、賠償をすればOKでした。また既婚女性の浮気は厳しく罰せられたし、そもそも女性は男を誘惑して堕落させ、時に破滅させる危険な存在であるとも見なされていたのです。というか、旧約聖書のイヴ(エヴァ)こそ「唆かす女」の最も有名な例なのでしょうが。どうでもいいことだけれど、私は「エヴァ・プリマ・パンドラ」という絵が好きです。


 実はこの回で古代オリエント編は終わるので、以下では古代オリエントの民における売春についてざっとまとめていきます。


 古代オリエントの民にとっての結婚とは経済的な取引であり、女性はその「取引」でやり取りされる一種の財産でした。で、女(妻)は財産であるからこそ、花嫁の処女性に特別の割り増し金がついたのです。逆に花嫁が純潔でなければ花嫁代償ブライドプライス(花婿側から花嫁側に贈られる財産)が安くなったり、はたまた純潔でなければ花嫁に不適格とされていました。

 女=財産ならば、財産ある男はできるだけ沢山の女を囲おうとするでしょう。より多くの子を残すためにも、自分の栄華を誇示するためにも。

 ただでさえ人間の場合は微妙な差ではあるものの男の方が多く生まれるようになっているのに(ただし、乳児死亡率は女より男の方が高い)、一部の男が多くの女を独占するようになると、結婚できない男が必ず生じます。で、こういった結婚できない男に生涯禁欲しろといっても土台無理な話なので、社会は――男性たちは必要悪として売春を容認してきたわけですね。自分の種を育む畑たる妻から、他の男の種を遠ざけ、清浄無垢なままにしておくために。

 一方、男性はどこで種を蒔いても、それが外の男の畑でなければ問題なかったので、基本的にはお咎めなし。ちなみに、前回言及した「大英博物館版 図説古代オリエント事典」の「犯罪と刑罰」の項によると、既婚者が強姦罪を犯した場合、既婚者の妻が被害者の父に合法的に犯されることもあったそうです。……前の方で述べた理論を踏まえると、理解はできても納得はできない。ヤるなら妻じゃなくて夫の方にしろよ……。これまたちなみに、男女の間で争いがあって女性が男性の玉を潰した場合は、女性の乳首がちぎりとられたそうなのですが、これは女に下される裁きが軽すぎるような気がします。玉と乳首じゃあ、失った時に感じる痛みが違いすぎるような気がするのですが。

 ……話を戻しますが、古代オリエントでは、生殖の際に中心的役割を果たすのは男であり、淫蕩は本質的に男の特権だったそうです。女性は母親としては称賛されるものの、性生活においては厳しく制限されました。


 また、多くの古代オリエントの社会では女性たちはもともと宗教の名のもとに売春を、それもたまにしか行っていなかったそうです。けれど、この形態の売春が世俗化され、更に貨幣経済が発達し都市化が進むにつれて、それまでいわばパートやアルバイトだったのがフルタイムの専門職になっていった。で、様々な事情があってこういったプロの娼婦になった女性は、存在していれば一族からは縁を切られ、いわゆる「真っ当な」女たちの階級社会では地位を失ったものの、他の女に課せられている制約からは自由でした。


 という感じで古代オリエント編は終わり、次からは古代ギリシア編に入ります。そのうちきっと雌オオカミとか蠕動壺とか、そんなインパクトありまくりなワードが出て来るのでお楽しみに!

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