古代オリエント その⑧

 前回までで述べたように、ヘブライ人の間では神殿売春は基本的には禁止されていたのですが、世俗で行われる売春は他の古代オリエントの民の場合と同様、認められていたそうです。旧約聖書にも娼婦は普通に出てきますしね。ちなみに、ヘブライ語では売春婦はzonahゾナ(※厳密には「不貞な者」を意味する)と言いますが、この語の起源はヘブライ人が通い婚をしていた頃にまで遡れるそうです。

 また、ゾナは宿屋の女主人に対する呼称としても使われていて、宿屋と売春の繋がりの古さを窺わせます。

 古代イスラエルにおいては、宿屋は市門の近くに位置するのが普通だったから、売春宿も市の外郭近くにあったそうです。特に記載されていなかったからか、私が見落としてしまったからかは分かりませんが、他の古代オリエントの地域ではどうだったか分かりませんが。また、こういった娼家に属する娼婦の他にももちろん街娼がいました。


 古代イスラエルの社会では他のオリエントの地域同様、娼婦は大抵の場合、必要悪として認められていました。例えばエフタという士師(指導者)の母親は娼婦で、彼は父の財産を継ぐことができなかったけれど、それは母親が娼婦だったからではなく、母が父の正妻ではなかったからなのだとか。

 あと、みんな一度は名前を聞いたことがあるサムソンはナジル人だったけれど、売春婦の許に通っていたと伝えられています。ナジル人とは、志願して、もしくは任命を受けて特別な誓約を神に捧げた者のことです。

 ウィキ大先生によると、ナジル人は一切の葡萄や葡萄から出来たもの――ワインならば禁止されるのはなんとなく理解できますが、生の葡萄やレーズンやワインビネガーに至るまでを口にすることが禁じられていたそうですが。葡萄はダメでも娼婦を買うのはオッケーとか、中々興味深い決まりですよね。他、旧約聖書にはソロモンが売春婦の間のいさかいを見事解決したエピソードも載せられています。大岡裁きの元ネタだろうと言われているエピソードが。


 とにもかくにも、娼婦は古代ヘブライ人の社会のいたるところにいました。彼女たちは町の通りを抜けながら竪琴の弾き語りをしたり、主要な道の交差点に腰を下ろしたり、家の戸口から顔を出して通行人に話しかけたり、カラフルに装って町中を歩いて客を捕まえていたみたいです。

 古代ヘブライ人にとって娼家は町の生活の一部でした。娼家はすぐそれと分かるように赤い紋章を掲げて、大勢の人を集めていたそうです。で売春婦も、厚かましかったり傲慢だったり、奔放だったり反抗的だったり口が巧かったりするけど、必ずしも悪い人間ではないと思われていたそうな。

 でもやっぱり、売春婦になった娘の親は世間に白い目で見られたし、普通の娘でも結婚初夜の際あのしるしが見られなかったら、事態は凄惨なことになりました。初夜の床で処女であった証を流せなかった娘は、イスラエルの地で不貞を働き父の家で売春を行った咎で、石打ちの刑に処せられたそうです。マジでクソな理論ですよね……。相手の男のナニが粗末すぎて血が出なかっただけかもしれないし、だいたい初体験でも血が出ないことの方が多いのに。ほんと腹立つ……。

 ムカムカしたままで終わるのもなんなので、私が今読んでいる本「大英博物館版 図説古代オリエント事典」から一つ萌える情報を……。

 この本の「強制移住、捕囚」の項目によると、移送される最中の捕囚民の様子を描いたアッシリアの浮彫では、捕囚民の大多数は徒歩だったそうです。女性や子供や馬やロバ、荷車に乗せられていることもあるけれど。ということは男性の場合はほとんど徒歩だったのでしょうが、中には手足を鎖で縛られた男性の姿も描かれているそうです。で、これはおそらく、地位有る男性だけに対してとられた措置だろう、と。

 元々は地位があった男性が、敗戦とかが原因で、鎖に繋がれて、徒歩で、敵国まで移送される。このシチュエーション、すごくすごく萌えますよね! 地位あった捕囚民の手足を鎖で縛ったのは、恐らく逃亡を防ぐための措置だったのでしょう。けれど見せしめの意図もあったのかな、とか色々考えてしまう……。

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