古代オリエント その⑦

 今回からは古代オリエントの民族で最も有名、かつ資料が多いヘブライ人(ユダヤ人)のターンに入ります。

 まず、ヘブライ人の間でも売春は概ね必要悪として認められていたそうです。ただ、祭司の家系であるモーセの兄アロンの子孫は、売春婦とあと離婚した女性と結婚することを禁じられていてました。また、アロンの子孫の娘が売春婦になると火炙りの刑に処されたそうです。でもそれ以外のヘブライ人は売春婦と結婚できたし、アロンの子孫でなければ売春婦になっても殺されることはなかったとか。


 ヘブライ人が祭司の家系が売春と関わりを持つことを嫌ったのは、周辺民族の偶像崇拝や異教思想と一緒くたにして神殿売春を嫌い、神殿売春を無くそうとしていたからだそうです。でもソロモンの後継者は異民族出身の母親の勧めで、エルサレムの神殿に売春の風習を取り入れたそうです。そしてこの習慣、北イスラエル王国(ソロモンの死後、イスラエルは分裂した)最後の王ホセア(※)の時代まで続いたそうな。

 ところで申命記では、イスラエルにはケデシュ(神殿売春を行う女)もカデシュ(神殿売春を行う男)もいないと強調されているそうです。ですがそんなことをされると、本当はいたか少なくとも申命記が書かれるより前の時代には存在したのではないか、と穿った見方をしてしまいますよね~。


 ※本では「ヨシュア王」と表記されていましたが、旧約聖書の登場人物でヨシュアという名前なのは、

 ①モーセの後継者として、ヘブライ人の指導者になったヨシュア

 ②新バビロニア帝国二代目の王・ネブカドネザル二世に破壊されたエルサレムの神殿の再建に関わった祭司のヨシュア

 しかおりません。で、①のヨシュアは立派な指導者ではあっただろうけれど、王と呼ばれるような存在ではありません。なぜなら、①のヨシュアの時代にはヘブライ人には王はいなかったから。ヘブライ人が王を持ったのは、モーセやヨシュアの時代よりもずっと後のこと。ヘブライ人が王を立てるまでの経緯は「サムエル記」で述べられてします。しかも、本文の後の方で、①のヨシュアは普通にヨシュアと呼ばれているから、①のヨシュアは本文中の「ヨシュア王」ではなさそうです。

 だったら②のヨシュアが「ヨシュア王」なのかな~と普通だったら考えてしまいますが、事態はそんなに簡単にはいかなさそうです。なぜなら、②のヨシュアはウィキの分量的に大した人物ではなさそうだから(←失礼)。ゆえに、こちらも王と呼ばれるような存在ではなかったでしょう。②のヨシュアって紀元前515年から紀元前490年まで大祭司だった人なんだそうな。大祭司も大祭司で偉いんでしょうけれど、王ではないですよね……。


 結局、私が見つけられた中で最も「ヨシュア王」の可能性がありそうなのは、北イスラエル王国のホセア王でした。ホセアはホシェアとも表記され、またネットで色々調べた結果、ホセア(Hoshea)は、ヨシュア (Joshua) の短縮形ともされているそうですし、この二つの名前はホセアは「救い」、ヨシュアは「ヤハウェは救い」と、非常に似通った意味を持ちますから、混同されたのかなあ、と……。

 巻末の参考文献一覧によると、この件の記述は、2~3世紀のギリシア人の著作を元にしているようですし。そして更に、そのギリシア人の著述家は自分の作品の中で、数多くの先人たちや、先人たちが残した著述について触れているようです。本文で述べられていたのも、ギリシア人著述家アテナウス(アルファベットの綴りは Athenaeus です。読み方を教えてくださった宮澄あおいさん、ありがとうございます)が、アルキプロン(Alciphron 宮澄さん、本当にありがとう!)という古代ギリシャの哲学者やその著作に付いて触れた部分みたいです。この過程で何らかの混同が起きていてもおかしくはない。


 また、ギリシャ語は古代には存在した子音「h」の発音をだんだん失っていったそうですし、しかも「j」に対応する文字もないし(ギリシャ文字のΙイオタから、アルファベットのIとJが派生した)、アルファベットのHの元になったギリシャ文字Ηエータは西暦150年以降Ιイオタと混同されるようになったそうですから、この可能性が最もあり得るかなあ、と。……これだけ考えて、本文中の「ヨシュア王」がホセア王じゃなかったら笑えますよね(真顔)

 ……というか私、なんでギリシャ文字の発音や歴史について調べることになったんだろう。もう今回のタイトル「ヨシュア王とは誰か!? ~その謎に満ちた正体を追う」とかになっちゃうじゃん。

 どうでもいいことだけれど、私最近ドイツ語で書かれた本の翻訳版を読んでいると「ホーマー」なる人物が出てきて、ナチュラルに「誰!?」と突っ込んでしまいました。その前後で「イーリアス」について触れられていたから、ホメロスのことだろうと察しは付いたけど。アレクサンドロス大王をアレキサンダー大王と表記するのはすぐに誰のことを言ってるか分かるから別にいいけど、こういうのはできるだけ止めてほしいですよね~(真顔)


 ……話が大分逸れてしまいましたが、とにもかくにもヘブライ人はヨシュアの時代以降は神殿で売春をすることはやめたそうですが、ただ女性が売春して得た金を神殿に納めるという、一種の神殿売春は行われていたそうです。ちなみに、この類の娼婦を買うことは立派な商取引で、代金を支払わないことは不名誉なことだと見做されていたそうです。ただ、売春が絡んだ金を主の神殿にもちこむことは、後に(本文中に具体的な時期が述べられていないので詳しい時期は不明)禁止されたそうな。

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