古代オリエント その④

 ところで私は前回、古代オリエントの神殿には娼婦(男娼も)がいて、彼らの稼ぎは寺院に還元されていたということを述べたかったのですが、話が見事に脇に逸れてしまいました。が、別に反省はしていません。話が時々脱線するのが本まとめの特徴なのだと、とうの昔に開き直っているからです。


 とにもかくにも、古代オリエントでは売春は宗教と密接にかかわっていました。そのためバビロニアでは神殿娼婦ではない普通の娼婦でも、自分は娼婦の守護神イシュタルにお仕えしているんだ! と認識している者がいたそうな。まあ、中にはGagumガーグムという特別な家に住んで、そこで巫女兼娼家の女将の監督下に置かれる者もいたそうなのですが。しっかし巫女と娼家の女将って、これほどに相反する属性も中々ないですよね。ちなみに残された史料から、バビロニアの娼婦はセックスセラピストの役割も果たしていたと解することもできるのだとか。


 また、当時は大勢の女奴隷がいたから、バビロニアではかなり裕福な市民が女奴隷に売春させて主な収入を得ることもあったそうです。紀元前七世紀の史料によると、自分の女奴隷を売春宿で働かせて、売り上げの75%も上前をはねた男がいるそうな。こういうタイプのクズって、現代社会にもいますよね~。つくづく、人間が考えることって大して変わらないのですね。まあそれも、古代と現代でも人間の思考を司る部位――脳の構造や脳を作るDNA配列は変わっていないはずだから、従って知能や本質も変化していなくて当然でしょうが。

 もしも、もし仮に現代人の頭脳の底辺を古代社会にタイムスリップさせてみたら。もしかしたら多少なりとも蓄積された現代の知識でしばらくは上手くやれるかもしれないけれど、その知識が尽きれば古代社会の頭脳の下流にすら追い抜かれていくでしょう。

 現代の人類は長い歴史の過程で「知識」は累積してきたから自分たちは過去の人間よりも知能や善性において優れているように錯覚しているだけで、その実、祖先たちと私たちの知能や善性にさしたる差などありはしないだろうと私は常々考えています。

 私たちが祖先たちよりも「善い」人間であれる(「善い」人間であると錯覚できる)のは、現代社会が祖先たちの生きた時代よりも生存しやすい、言い換えれば生きるために必要な悪を行う必要のない環境だからという一点に尽きるでしょう。現代に至るまでの歴史から鑑みるに、人類はこれからもかつてと同じ過ちを延々、しかし受け継いだ知識ゆえに規模は大きくして繰り返していくのかもしれません。


 PTAに見つかったら抗議されそうな私の人間観はともかくとして、バビロニアの売春婦は少なくとも三つのカテゴリーに分けられていて、その最下層のグループとだけは結婚してはならない、と当時の男性たちは戒められていたそうです。と、いうことは他のグループの女ならば妻にしても良かったのでしょうか? 

 ちなみに、当時の娼婦のヒエラルキーは


 前回述べた「神の愛人」たる神殿娼婦>妾や高級娼婦>酒場の女や売春宿の女>寺院奴隷含む奴隷娼婦


 だったそうです。

 前の方でも触れましたが、売春婦に子供ができればその子はたいていの場合里子に出されました。それも、養い親から歓迎されて。というのも、例えばバビロニア人はこの世に生きている自分たちが子供の面倒をみないと、あの世で死者が悲しむと信じていたそうなので。そのため、子供がいない夫婦や宦官などは家系を絶やさないためにも売春婦の子供を養子にしていたそうです。


 これまで述べてきたメソポタミア河川流域の人々は売春のことを無くてなならない宇宙の運動原理、生きる上での必要悪だと見なし、受け入れていたものの世俗の売春婦(や男娼)は社会に居場所のないはみ出し者として扱われていました。

 他のオリエントの地域の法律とよくにたアッシリアの法律では、売春婦は通りを歩くときに頭や顔を覆ってはならないと定めていました。売春婦でない自由人の女性はベールと被り物を付けていたし、奴隷であってもベールはしないけれど被り物は付けていたのに、です。ということは、当時の認識では売春婦は奴隷以下の存在だったのですね。しかし彼女たちははみ出し者である代償として、当時の他の女性に加えられる制約から多少なりとも自由でいられました。

 


 

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