古代オリエント その③

 古代オリエントでは巫女、つまり女性神官――もっと詳しく言えば神に捧げられた女性は、閉経するまでは処女でいなければならないとされていたそうです。そのため、巫女の行動は厳しく管理されていて、居酒屋に出かけるなどしたら殺されかねなかったとか。ただし、閉経した後ならば、場合によっては結婚してもOKだったようです。なお、同じ処女であることを求められたローマ帝国の巫女――ウェスタの処女が禁欲を強いられるのは、三十歳まででした。

 詳しくは前回を参照していただきたいのですが、神殿には巫女ではない女たち、神殿娼婦たちがいて、彼女たちは様々な都市国家の支配者や神官と交わって、毎年繰り返される植物の再生を象徴的に再現していたそうです。


 上記の件は、時間は一直線に流れるものと認識している現代人には少し理解しがたいでしょう。ですがそもそも、時が過去へと未来へと真っ直ぐに流れるものであるという概念はキリスト教の終末論から生まれたものであり、キリスト教以前の「時」とは自分の尾を咥える大蛇ウロボロスのような循環するものだったのだと、私は以前本で読んだことがあります(タイトルは失念)。

 上記の時間認識論に加えて、私が次に読もうかな~と思ってチラ見してみた本「古代オリエントの神話と思想」からある論を引いてきますね。で、いきなり空間の話になってしまって申し訳ないのですが、古代エジプトではヘリオポリス創世神話(エジプト神話には系統が異なる創世神話が幾つかある)での世界の始まりの地である「原初の丘」という場所が、複数あると認識されていました。世界の始まりの場所が複数。おかしいですね。ですが古代エジプト人にとっては、少しもおかしいことではなかったのです。

 というのも、この原初の丘は伝説ではヘリオポリスの太陽神ラーの神殿にあるとされていたのですが、なにも神聖なのはヘリオポリスのラー神殿だけではありません。別の都市の、別の神の神殿だって、その神が神聖であるならばその神殿の至聖所もヘリオポリスのラー神殿と同等に神聖なのです。そのため、


 ①原初の丘=ヘリオポリスのラー神殿

 ②ヘリオポリスのラー神殿は神聖である→他の神殿も、ラー神殿と同じくらい神聖である→ヘリオポリスのラー神殿=他の神殿


 ①+②より

 原初の丘=ヘリオポリスのラー神殿以外の神殿

 →つまり、原初の丘は複数存在する。

 ※古代エジプト人は、原初の丘と類似した建築様式で建てられているならば、その神殿あるいは墳墓には、原初の丘の神聖さが備わっていると考えていた。


 というようなロジックが導き出せるのですね! 


 この古代の空間認識論を、時間に置き換えて、日の出を例にして考えてみると


 ・天地創造の際の、太陽に暗黒と渾沌を打ち破られた時

 ・年毎、元旦の日に太陽に暗黒と渾沌を打ち破られた時

 ・毎朝、太陽に暗黒と渾沌を打ち破られた時


 は本質的に同一ということになります。古代オリエントの人にとっては、毎朝の日の出は、あるいは元旦は天地創造の最初の日の再現であり、天地創造の日と同一の日であった。

 で、エジプトやバビロニアでは季節や自然の主要な変わり目、たとえば新年の祭りの一つとして、国王が勝利を得た神――バビロニアでは原初の太母ティアマトを打ち破って、その亡骸から世界を創ったマルドゥク神――に扮した模擬戦が行われていたそうな。ということはつまり、神殿娼婦が王なり神官なりと交わるというのは聖なる儀式であり、当時の人々の心性としては、この時本当に植物が再生していたのかも。

 そういえば時代はぐっと下るし地域も異なりますが、東スラブでは、夏に春や植物、豊穣その他を司る神ヤリーロの葬式が行われていました。この時ヤリーロは、当時の東スラブの人々にとっては、本当に死んでいたのかもしれませんね。ちなみに、春、最初の種まきを行う日にはヤリーロの祭礼が行われていたそうなのですが、当時の人の考え方ではこの日にヤリーロは「蘇って」いたのかもしれませんね。


 本筋に関係がない話を長々と続けてしまって申し訳ないのので、最後の創作に役に立ちそうな情報を一つ。バビロニアでは、神殿の一番上にある塔にマルドゥク神が性行為をするための特別な部屋が作られていたそうです。その部屋には大きな寝椅子が置かれていて、神の欲求を満たすため特別に選ばれた女が夜な夜なその寝椅子に横たわっていたとか。

 ヘロドトス大先生曰く、当時のバビロニアの人々は神が毎晩その部屋に訪れて選ばれた女と交わると信じていたそうです。そして、一たび神や神の化身と一夜を共にした女性は、ただの男と肉体関係を持つことを禁じられた。こうした風習はバビロニア以外にも存在していて、最初にキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス一世が廃止するまで続いていたそうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る