古代オリエント その①
最初に、前回のおさらいとして、前回のイワン・ブロッホさんの定義をもうちょっと詳細に抜き出してみましょう。
「売春とは多かれ少なかれ淫蕩であることを特徴とする婚外性交渉の特異なかたちである。たいていは報酬をともない、性交もしくは他のかたちの性的行動と誘惑を目的とした専門の商売の一形態であり、やがて時とともに一つの特殊なタイプを形成していくものである」(原文ママ)
実は、長すぎるから前回では最初の特に重要だろうと感じた部分だけを抜き出してたんですよねえ……。でも、よく考えなくても後半の報酬に関わる部分も重要でした。
ところで、本には「売春の起源」という章があったのですが、それは概ね色々な学者先生方が考えた売春の起源とそれに対する賛否、あと世界各地の民族の売春の一形態と考えられるしきたりについて述べられていただけですので、カットすることにいたしました。ただ、
霊長類の雌や若い雄は、餌を貰った礼に、もしくは相手の攻撃をかわすために「プレゼンテイション」と呼ばれる性的サービスを提供する。(簡単な要約)
という記述は紹介していた方がいいような気がしたのでここに書いておきますね。
で、古代オリエントの売春に関する有名な記述といえば、ヘロドトス大先生のアレですね。
バビロニアの全ての女性は、生涯少なくとも一度は女神ミュリッタ(イシュタル)の神殿に赴き、見ず知らずの男にコイン(女側はその大きさや額面を指定できない)と引きかえに指名されない限りは、元の生活に戻ることができない。だから美形ではない女は、時に何年も神殿に居座らなくてはならなくなる。以上。簡単なまとめでした。
ま、上記は多分に偏見(古代ギリシアといえば「自国の文化サイコー!!!」な価値観ですから、致し方ないことでしょう)や誤解が入り混じったもので、近代の研究でも実際ヘロドトスが言及しているような神殿売春が行われていた証拠は見つかっていないそうなのですが。
なお、イシュタルというのはメソポタミア神話の愛や美、豊穣のみならず戦をも司る金星の女神・イナンナ信仰から生まれた、古代オリエントで広く崇拝された女神です。ちなみにどうでもいいことだけれど、イシュタルと起源が同じであると考えられているウガリット神話の女神アナトは、時に腰まで血の海に浸るほどの人間を殺戮する気性の激しさから、「凶暴なる乙女」と呼ばれていたそうです。確かにウガリット神話を読んでいると、アナトが熱愛する兄で夫である主神バアルよりもアナトの方が強いんじゃなかろうか、と思ってしまいます。
新紀元社の「Truth In Fantasy 74 オリエントの神々」によると、イシュタルは彼女の系譜を引くというギリシア神話の愛と美の女神アフロディーテ同様多情で、豊穣神タンムーズ(ドゥムジ)を夫して持つ一方、多くの恋人を抱えていて、「天の娼婦」という称号が与えらえていたそうです。このことからも分かるように、イシュタルは娼婦、ひいては売春と深くかかわりがある神なのです。
また、皆さんあらすじは知らずとも一度はその名を耳にしたことがあるだろうギルガメシュ叙事詩には、以下のようなエピソードがあります。
ギルガメシュの親友エンキドゥが、かつて野で獣たちと仲良く暮らしていた頃。エンキドゥがギルガメシュが差し向けた神殿娼婦に誘惑されて致してしまうと、獣たちは彼を避けるようになったしエンキドゥの身体は以前のようには素早く動かなくなった、と。
つまり、女は男を誘惑するのみならず、男を無力にしてしまいうる存在なのだと述べられているのです。ここら辺、何となく聖書の楽園追放のくだりと似ているような気がしますね。
以上のエピソードは神話や伝説ですが、古代オリエントの売春に関わる歴史的な記録としては紀元前2050年頃や、紀元前1870年頃の法典、さらに多分皆歴史の授業で習った、紀元前1700頃に作られたハンムラビ法典、他に紀元前1100年頃の法令集があります。
で、上記の法典・法令によると、当時の結婚の目的は夫婦和合などではなくあくまで子作りであり、そのため子供を産めない妻は離婚されたり、当時は普通一夫一妻制だったけれど妾を囲われたりしていたそうです。ただ、子供、特に男の子を生んだ女性は特別の保護を受けていました。そのため、ある男が自分の息子を産んだ女を離縁したり、はたまた彼女とは別の妻を新たに持てば、罪を犯したことになったそうです。
女には子供を産む責任があるという当時の価値観は、妊娠中の女性に危害を加えさせて流産させた者への罰則や、堕胎を抑えようとする法令をも生み出しましたそうな。……なんかあんまり売春と関係ない話題が続いたけど、次はきっと!!!
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