古代オリエント その②

 前回のまとめ:古代オリエント世界での結婚の第一の目的は子供、特に男の子を作ることであり、その役目が果たせない妻は離婚されたり妾を囲われたりしたが、役目を果たした妻を蔑ろにすると夫の方が罰せられた。


 という感じなのですが、とはいえ当時の女性は持参金の管理やその他の細々とした権利を持ってはいました。当時の女性は、男性同様に自分の奴隷を持つこともでき、たとえある女性が夫の妾にするために奴隷を買っても、その奴隷はあくまで夫ではなく妻の所有物だったそうです。とはいえ女性は基本的に男――夫や父親、兄弟、息子の所有物でした。このあたりの事情はかつてのヨーロッパ(=キリスト教)社会と変わりませんね。キリスト教の母体になったユダヤ教は古代オリエントの宗教の影響を受けて発展したという定説は、こんなところからも裏付けられるような気がします。


 古代オリエントの自由民の女性は多少なりとも自分の権利――言い換えれば自由を持っていた。でもそれは男性が持つものと比較すれば細やかなものでもありました。例えば当時の男性は商売女となら浮気してもOKだったのですが、女性が浮気するのは誰が相手でもアウトで、夫は浮気した妻を自分で罰することができたのです。

 というのも、男性が自由民の女性相手と浮気するのも、妻が姦通するのも、その女性の所有者(妻の浮気の場合は夫)の権利を侵害したことになるからダメなのです。なんでも当時は、男性が身内以外の既婚女性を仕事に雇っただけでも、その女性の所有者とトラブルになることがあったそうな。仕事に雇うだけでも問題が起こるのだから、たとえ未婚でも自由民の女性と通じるなど、なおさらアウトです。


 それでもとある既婚男性が、ある自由民の未婚の娘と通じてしまったとしましょう。その場合その男の妻は、夫の浮気相手の娘の父親に下げ渡されます。で、娘の父親は浮気男の妻を売春宿に売り飛ばしたりしていたそうです。一方、浮気した男が受ける制裁といえば、手を出した娘と強制的に結婚させられることぐらい。理不尽極まりないですね~。

 ちなみに独身の男が自由民の娘に手を出した場合は、男は娘を娶るだけでなく、娘の父親にまとまった金額を支払うよう定められていたそうです。ただ父親は金を受け取っても娘を嫁がせないこともあったそうな。

 なお、ここまでご高覧してくださった皆様ならば察しがついていると思いますが、この場合の金銭は娘の肉体や心を傷つけたことではなく、娘の価値を下げて娘の所有者に損をさせたことに対する償いをするために支払われるのですね。


 上記の二つの事例はどちらかというと男の側からのアプローチで関係を持つに至った場合ですが、ことが女の側からのアプローチで始まった場合は結果も異なっていました。もしある既婚男性が未婚の娘に誘惑されて関係を持ったとしても、法廷での宣誓でそのことを立証されれば、一定の金額を支払わなければいけないものの妻を引き渡さずには済んだそうです。

 なお、もしも既婚の女性が性暴力に遭った場合は、それが公共の場所でのことで、しかも当該の女性が抵抗した場合には、潔白だと見なされていたそうです。たとえ強姦されていても。しかし、女側に挑発的な行動があったと見なされた場合は、男の方が彼女は既婚者だと知っていたと証明されない場合以外は、有罪にされていたそうな。つくづくクソですよね~。現代日本の判例にも、負けず劣らずクソなものがありますが。


 ……とにかくこんな感じに古代オリエント社会の自由民の女性はガッチリガードされていたし、女性たちも当然自衛のために自分の配偶者や保護者以外の男性との接触は避けていたでしょうから、浮気したくなった既婚男性は、娼婦や女奴隷を欲望のはけ口としていました。

 このうち女奴隷は、主人に労働力のみならず自分自身も提供する義務があり、たとえ主人の正式な妾になって息子を産んでもあくまで奴隷のまま。主人に飽きられれば、いつ売春業者に売り飛ばされてもおかしくはなかったのです。

 また、神殿に仕える奴隷の中には、街に出てきて身体を売る者もいたそうです。ただし、売春婦の子のたいていは跡継ぎを望むきちんとした家庭に引き取られていたのに対し、寺院奴隷が買春する過程で身籠った子は神のものとされていたから、寺院奴隷の法的地位は普通の奴隷よりも低かったそうな。


 現代社会にも相通ずる側面は多々あるものの、女性に不利だった古代オリエント世界。ただしそんな時代にも、夫がいるにも関わらず女性が他の男と通じても罰せられない場合もあるにはありました。例えば、女性の夫が捕虜として連れていかれ、しかも女性に食べていけるだけの財産を残していなかった場合。

 当時の女性のほとんどは男性に経済的に依存していましたから、夫がいなくなりしかも財産もないのでは、その女性は生きていくのが難しい。なのでこういった場合は、夫が帰ってくるまではという条件はあるものの、他の男と夫婦として暮らすことが許されていたそうです。もしもこの仮の夫婦の間に子供が出来ていたら、その子供は母が本来の夫の許に帰っても、実父と暮らしていたそうです。

 今一つの既婚女性が夫以外の男と関係を持っても罰せられない事例は、その夫が悪意を持って――自分の国と国王を嫌って、行方をくらませた場合。その場合は、夫は妻が新しい夫を迎えても、妻に対する自分の権利を主張することはできなかったのだとか。

 今に残された当時の法典が語る女の職業は、巫女か酒場の女か娼婦のみ。このうち酒場の女は――ワイン売りの女や居酒屋の女将などは売春婦とニアリーイコールで、巫女になれる女はほんのわずか。とういうことは、夫がいなくなっても仮の夫を見つけられなかったり実家に面倒を見て貰えなかった女性が生きるには、売春をするしかなかったのですね。


 

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