菊、栗、万年青、並蒂花

 とうとうこの章の最後がやって参りました。これからしばらくこんな明るいことをまとめることはないので、色々と感慨深いものがありますが、早速本題に入ります。


 まず最初にご紹介させていただくのは菊。

 菊は陰暦九月九日重陽の節句に欠かせない花でした。陰陽思想では偶数は陽に属します。一桁の数字のうち最大の陽数である九が重なった九月九日は、究極に達した陽の気が一転して陰の気――つまり冬に向かおうとする、節目の日だったのです。

 ということで昔の(もしかしたら一部では今でも)中国、及び節句の風習を中国から受容した日本や韓国では、重陽の節句が祝われてきました。中国では重陽の行事として茱萸かわはじかみを身に佩びて高所に登ったり、棗や栗を加えた蒸糕むしもちを食べたり、菊を髪に挿したり、菊花酒を呑んだりしていたそうです。

 ※重陽の節句の行事の一部は、「中国社会風俗史」から補いました。

 

 で、なぜ菊が重陽の節句に欠かせない花だったかというと、菊には服用すれば身体は健康になって、また長寿になると信じられていたからなのです。ちなみに、菊は中枢神経の鎮静や血圧降下、結核菌やウイルスを抑制する成分を含んでいるそうなので、この伝承はある意味真実でもあります。で、上記の伝承から菊は「延年長寿」を象徴し、またそこから派生して悪霊や病魔を退散させる力があると信じられるようになったのです。そのため重陽の節句では、「あなたの寿命が延びますように」と願いを込めて人に菊の花を贈る風習が古くからあったそうな。


 お次は栗。栗といえばモンブラン美味しいですよね。ということで? 栗は古代中国でも美味しくて栄養豊富な食べ物として重要視されていました。

 ところでリーの発音は「リー」つまり恐れおののくに通じます。で、古代中国には嫁入りした女性は義両親と初めて会う際、棗(ザオザオと通じる)と栗を捧げものにしたそうなのですが、これは早起きして「慄然と」つまり慎み畏まって義両親に仕えるという、嫁の心得を表したものなのだそうです。


 次は万年青おもと。万年青は中国から日本の温かい山地に自生するスズラン科の常緑多年草です。現在でも観葉植物として人気があるようなのですが、中国では遙か七千年前から栽培・観賞されていたそうです。新石器時代の陶片に万年青らしい植物が刻まれているのがその根拠なのですが、それから中国における万年青の記録は十六~十七世紀になるまでは殆ど途絶えているそうな。

 中国の記録に再び顔をだした万年青については、清代初期の「花鏡かきょう」という本で詳細に述べられているそうです。

 曰く、万年青は植栽が盛んな蘇州では四季常緑――つまり長寿を連想させる葉にあやかり、婚礼の結納や出産、家の新築や引っ越し、誕生祝などなどあらゆるお祝いの品として用いられている。そうした祝いの時に万年青が手に入らなければ絹などを剪って代用品を作るほど。同じく常緑の吉祥草キチジョウソウ、松、葱の四種を寄せ植えにした鉢は、蘇州では欠かすことのできない代表的な慶賀の贈答品である。……というように。

 このように大変めでたい植物である万年青は吉祥文様にも取り入られていて、あらゆるお祝いの品を彩る文様として愛されているそうです。


 最後は蓮の回でもちらりと触れた並蒂花へいていかについて。ただ、この並蒂花は特定の植物を指す名称ではなく、どんな花や果物にも起こり得る現象――通常ならば一個のがく(蒂)に一つの花や果実が、何らかの理由で複数付いた現象を指しています。他、花弁が多いために幾重にも重なった花弁の群れが外見上一つのがくに二つ以上の花を付けているように見える場合をも。

 いずれにせよ、並蒂の植物は、中国では皇帝の善政を表す瑞祥とみなされていたため、正史にもぼちぼち記録されています。ただし、瑞祥ではなくその反対のしるしと受け止められる場合もなくはなかったようです。

 さて、上記のように概ねめでたいものと捉えられてきた並蒂の植物は、一本の茎や枝に一対の花や実を付ける姿から仲良しカップルと結び付けられ、愛情の象徴となりました。蓮や牡丹、柘榴やライチなど、それ自体が愛情や和合を表す植物が並蒂になったら、なおさら。そのため並蒂になった花や果物は、恋人たちに非常に喜ばれていたそうです。あなたの創作でも、恋人たちに並蒂の植物をやり取りさせてみては?

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