当帰

 今回は当帰芍薬散とうきしゃくやくさんで知られる(というか私は、これ以外で具体的に何に使用されているのか知らない)当帰とうきについてです。

 当帰はセリ科シシウド属の多年草で、高山の冷涼で湿った林の中などに分布し、夏にはセリ科の植物らしく白い小さな花を傘形花序に付けます。植物に詳しくないといきなり傘形花序とか言われても(かく言う私も)どんな様子なのかさっぱり想像できないでしょうし、花の説明が雑過ぎで申し訳ないのですが、こうとしか言いようがないんですよねえ……。まあ、何事も百聞は一見に如かずなので、「当帰」でググってみてください! 当帰などのセリ科の花は派手さや華やかさはないけれど、レースのモチーフのようで可愛らしいと私は思っています。


 さて。当帰の根は足腰の冷えや生理不順に対して処方される当帰芍薬散に用いられていることからも分かるように、婦人病に効果があります。ということでもうすっかりおなじみの、


 婦人病に効果がある→子授けの力がある→愛しい男性を引き寄せる力がある


 という連想が働いて、当帰は古くは女性が男性を、時代が下ってからは広く一般に人を呼び寄せる力を持つマジカルアイテムなのだと信じられていたのです。それゆえ、実際に相手の心を自分に引き寄せる目的で当帰を贈る風習があったのだと、晋代(五世紀)の書物に記録が残っているのだそうな。また、当帰には「文無もんむ」という別名があるのですが、この文無ウェンウーは、女が男を探し求めるという意味の「覓夫ミィフー」と関係があるのだそうです。


 当帰の又の名の文無は「字のい(手紙)」に由来すると言われています。そして、皆さんご存じの三国志には、まさにこの別名の通りに、当期が秘密裡に人を呼び寄せる暗号として用いられたエピソードが載っているのです。三国志に載っているのは、当然男女のあれこれではなく政治に絡む、ロマンチックの欠片も感じられないエピソードですが。

 一方、六朝(222年-589年)の詞華集アンソロジーには「遠くに出かけたあなたに蘼蕪びぶ(当帰と同じセリ科の、当帰によく似た植物。この時代には同一視されていたのか?)を贈ります。これを飾って、私のことを忘れないようにしてください」というような内容の詞が収められています。なので、当帰は前の方で述べた柳と同じく、遠くへと発つ恋しい人に「早く帰って来てください」という想いを伝えたり、愛慕の情を伝えるために用いられていたのでしょう。当帰とはつまり、まさに帰るべし、ですしね。


 ――と、綺麗に? 纏まったところなのですが、ここで一つ問題が発生してしまいました。私いつも、このまとめでは最低でも時に関係がない話題で水増しまでして1200字を越えるようにしてるのに、この時点で1100字ぐらいしかない! なんてことだ! ということで、今回は特別に最近私が読んだ本「中国伝統吉祥図案」から、「これイカす~」と感じた中国の伝統紋様をいくつかご紹介することにいたします。


鸞鳥綬帯らんちょうじゅたい

 じゅとは古代の官職の印を身に着けるための組み紐のことで、また綬は「受」に通じるので、官位や俸禄を受けることと繋がる。この綬と鳳凰の一種・らんを組み合わせて、吉祥や富貴を表す。


蘭桂斉芳らんけいせいほう

 若い世代の象徴である芝蘭と丹桂(金木犀)が芳しく香るように、子孫が繁栄し栄誉や富貴に包まれますように、との願いが込められている。なお、ここで言われている、「優れた人や物」を表す芝蘭は霊芝レイシ(万年茸)とフジバカマのことだが(※蘭とフジバカマの関係は芍薬の回を参照)、本に載せられていた図から察するに、図案としては一般的にイメージする蘭が用いられていたもよう。


連年有余れんねんゆうよ

 蓮の花と魚から成る図案。「リィェン」は「リィェン」と、「ユー」は「ユー」と通じることから、毎年豊かで余裕のある生活ができるようにとの願いが込めている。


和和美美わわびび

 「和気生財(和気は富を齎す=人と付き合うには仲睦まじく穏やかにすべし)」という諺をもとに、和を表す蓮と(※詳細は蓮の回を参照)、メイがかけられたメイを組み合わせ、商売繁盛と事業発展を願った図案。


五福捧寿ごふくほうじゅ

 五匹の蝙蝠が、意匠化された「寿」の字を囲む文様。蝙蝠の「フー」は「フー」と同音で、更に「フー」とも音が近いため、中国では古来より蝙蝠や蝙蝠を用いた吉祥図案が好まれてきた。この図案では五匹の蝙蝠にそれぞれ、長寿・栄華と富貴・安楽かつ健やかでいられること・善行を積むこと・天寿を全うすること、という願いが込められている。


 本には他にもとても素敵な図案が沢山紹介されていたので、気になる人は「中国伝統吉祥図案」を買いましょう!

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