柑橘

 匂いは爽やかで、味は美味しい。そんな柑橘類は、中国では四千年以上前、なんと紀元前三世紀から栽培されていて、柑橘園もあったそうです。

 漢代になって柑橘類の栽培技術は向上したものの、この時代の柑橘はまだまだ高値の花。王侯貴族ならいざ知らず、庶民が日常的に口にできるようなものではありませんでした。それが唐・宋時代になると庶民の家でも柑橘類が栽培されるようになったのです。唐の後期の都の王侯貴族は、現在の広東省産の枸櫞クエンの実を飾果しょくか(盛物)、室礼しつらい(季節のインテリアのようなもの)としていたそうです。


 ところで、中国で栽培されてきた柑橘には以下のようなものがあります。


甜橘てんきつ(学名:Citrus reticulata. Blanco)

 マンダリンオレンジ、もしくはマンダリンオレンジの変種とされることもあるポンカンのこと。もしくはその両方を指しているいると考えられる。もちろん食べると甘酸っぱくて美味しい。

 ※本ではミカン(ポンカン)のこと、と記載されていましたが、ミカン(ミカンと言えば、主に温州ミカンを指す)の学名はCitrus unshiu であり、学名が Citrus reticulata. Blanco の植物はマンダリンオレンジであること、ポンカンはマンダリンオレンジの変種ともされること、そもそも温州ミカンはその名に反して(温州とは、柑橘の産地として有名な中国の地名のこと)日本で生まれたというのが定説になっていることから、甜橘とはマンダリンオレンジのことだろうと推察しました。マンダリンオレンジもミカン属なので、広義のミカンではあるのですが。


酸橙さんとう(学名:Citrus aurantium)

 ダイダイのこと。英語でビターオレンジと呼ばれているように、果実は酸味と苦味が強いため、生食には適さない。が、ポン酢の材料になったり、乾燥させた皮は漢方として利用されている他、皮や花だけでなく枝葉も精油の原料になる。

 実は成熟後も落ちにくく、場合によっては二、三年も付いている。このような同じ樹に二、三代の実が付く性質から、「代々」とも称される。


香橙こうとう(学名:Citrus junos)

 日本で言うゆずのこと。


ゆう/柚子(学名:Citrus maxima Merr.)

 こちらは文旦ぶんたんのことを指す。果肉は生食や、国によっては和え物として食される。また、厚い皮や果肉を砂糖漬けにしたり、マーマレードにしたりもする。


黎檬れいもう(学名:Citrus limonia Osbeck)

 日本ではヒメレモン、別名紅レモン、広東レモンとも呼ばれる柑橘の一種。果皮はオレンジ色で、レモンやライムにはない独特な香りを持ち、エスニック料理に使用される。


枸櫞クエン(学名:Citrus medica)

 シトロンのこと。和名は丸仏手柑まるぶっしゅかん。ラグビーボールのような形の実を付ける。酸味が強いので生食はできないが、果汁は飲料にされたり、クエン酸の原料になる。皮は香料として、また洋菓子の香りづけや砂糖漬けとして使用される。


 →仏手柑ブッシュカン(学名:Citrus medica var. sarcodactylus)

 枸櫞の変種。枸櫞とともに、香櫞こうえんとも呼ばれる。

 果実の先端が幾つにも分岐し、長楕円形に伸びている様が合掌する両手のように見えることからその名が付いた。実が少ないので生食には向かないが、上述の枸櫞同様、部屋の飾りとして楽しまれたり、砂糖漬けにして菓子として食されたり、漢方薬として利用されたりした。


 柑橘は早くも中国戦国時代は楚の愛国詩人・屈原くつげん(BC343-BC278)に「独立不羈どくりつふき」「潔白」「気骨」を表す植物として詠まれていたそうです。柑橘の匂いは爽やかですし、どの柑橘もだいたい五弁の清楚な白い花を付けますから、分からなくもないイメージですね。ですが、民間が柑橘から連想したのは、完熟した柑橘がめでたい金色をしていることも関係しているのか、以下のような実利的なものでした。


満足 

→柑橘の柑は「甘」、「甘い」という意味の他「よい、喜ばしい」「満足する」という意味を持つことから。日本の諺「他人の不幸は蜜の味」とは「他人の不幸を知って喜ぶ」ということですから、中国語の「甘」に「喜ばしい」という意味があるのも不思議ではありませんね。


幸運、祝福

 →上記の「満足」は幸福に通じる。なおかつ柑橘のジュの発音は、幸福を意味する「ジー」や「ヂュ」と似ていることから。また、民間の俗字(正体でない字)では橘を「桔」と書くそうです。柑橘は縁起物として、春節の贈答品にもされているとか。


 他、酸橙はその性質から「代々、永遠」、仏手柑は「フォ」が「フー」の発音と通ずること、手のような形状から「多福、金運を掴む」という花卉語があります。また仏手柑は別名である香櫞の「ユェン」が男女の「因縁インユェン」を連想させたのか、男女の愛情の象徴ともされていたようです。というかそもそも、仏手柑のみならず柑橘全体が自分の愛情を相手に伝えるための贈り物とされていたとか。


 仏手柑が愛情を伝えるための贈り物とされていたのは、何度か述べてきた擲果に柑橘類が用いられていたことも関係しているでしょう。

 たわわに実を付けること、花の香りがよいこと、常緑樹であることから、ヨーロッパではオレンジは「多産」「祝言」「幸福」の象徴です。ギリシア神話で、地母神ガイアが孫でありひ孫であるゼウスとヘラの結婚の祝いに贈ったヘスペリデスの園の黄金の林檎とは、オレンジのことである。という説もあります。だから、中国でも同じような連想が働いていたのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る