梧桐

 中国南部・東南アジア原産の梧桐アオギリはアオイ科アオギリ属の落葉高木。原産地の他、台湾、日本、インドなどに分布しています。時に15mにまで伸びる幹は真っ直ぐで、よく掌状の大きな葉を付ける梧桐は、庭園や公園に植えられたり、街路樹や緑化樹として利用されています。

 また梧桐は、秋が訪れると間もなく黄色く色づき、葉を落とします。このことから「一葉落ちて天下の秋を知る」という諺が生まれました。中国では、「立秋の日には梧桐の葉がまず一枚必ず散り落ちる」という伝承があったぐらいです。このことから、梧桐には


(1)秋の到来、秋の気配(秋意)

 

 という花卉語があります。こういった花卉語は単に季節を表すという意味合いから転じて「(秋の)感傷・悲哀」という心象的・文学的なものにまで発展していきました。秋は何となくセンチメンタルな気分になりますものね。

 

 また梧桐には、秋の訪れを予知していたかのごとく葉を落とす性質から、


(2)予知能力


 という花卉語もあるのです。

 梧桐には上記の「立春の日には~」という伝承の他、「平月と閏月を知る」という俗信もあります。その俗信によると、梧桐は普通一枝に十二枚の葉を付けるけれど、閏年には十三枚の葉を付ける。閏月を表す葉は小葉だから、十三枚のうちの何番目が小葉か調べれば、どの月が閏月か分かるのだそうです。で、こういった信仰は「王者が賢人を用いると梧桐が生じる」という梧桐の瑞祥植物化や、「神が人間の運命をあらかじめ梧桐の葉によって示す」という考え方にも繋がりました。梧桐に纏わる霊験譚には、以下のようなものがあります。


 時は明代、万歴帝の治世十六年目。ある家の男達が梧桐の下で勉強していると、葉が一枚ひらひらと落ちてきた。一人がその葉を拾い上げてみると、なんと虫食いの痕が「今科而挙」――今年の科挙に合格すると判読でき、実際にその通りになった。


 のだそうです。「今」と「而」はともかく、「科」と「挙」と読める虫食いとか、どんな虫食いやねん! とツッコんでみたくなっちゃいますよね。


 ……ヘタなツッコミはこれぐらいにしておいて、梧桐は上記の伝承がある他、「詩経」の時代から伝説の神鳥・鳳凰が棲まう樹だと信じられていました。諸説ありますが鳳凰とは農耕には欠かせない雨をもたらす天高く吹き渡る風が形象化したもので、梧桐は古代の雨乞いの儀式に用いられた霊木だったと唱えられてもいるのです。

 梧桐や他の雨乞いの際に依代よりしろとされた樹木には、葉が大きく枝がしなやかな高木・小高木で、降雨の前触れである風の変化に敏感に反応するという特徴があります。加えて、枝や葉のそよぎは巫師の祈りや問いかけへの天からのお告げとも考えられていて、このことから梧桐は神と人の交信を仲介する霊木であるとも見做されるようになりました。つまり先程の霊験譚の虫食い文字は、特に触れられてはいなかったけれど科挙合格を目標として勉学に励んでいただろう男への、梧桐の葉を介した神からのお告げだったのです。


 梧桐の葉は大きく、神から人への意思を伝える他、題簽だいせん(書物の表紙にタイトルなどを記して張る紙や布のこと)や書簡の代わりとして、詩や文章を書くために用いられるようになりました。この章の前の章の、宮女編の③で触れたように。

 文を綴って水辺なり空中なりに放った梧桐の便りは、放った側には誰の手に届くか分からない。そのため、これは一種の運試しであると同時に、人が神に祈り問いかける祭祀の変型であると考えることもできる。

 私は、はっきり言って前章で触れた宮女の逸話は伝説の類だろうと考えています。それでも、その伝説において重要なアイテムとして梧桐の葉が選ばれたのは、あるいは事実だったとしても宮女が自分の想いを託す葉として梧桐の葉を選んだのは、このような背景があったからなのでしょう。


 さて。「中国の愛の花ことば」によると、玄宗の御代の宮女が後宮に閉じ込められる鬱屈を込めた詩を梧桐に記す際に用いたのは、やっぱり墨だったのだそうです。詩を記された梧桐の方は、秋の、黄葉したものだったのだとか。となると、青々とした状態のものと比較すると乾いていて、文字を認めやすくもあったでしょう。それでも私はここで、あの問題を蒸し返さずにはいられません。――葉っぱに墨で書いた詩とか、流される間に水で字が滲んで読めなくなってるんじゃねーの!?

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