薔薇

 綺麗な薔薇には棘がある、という諺でおなじみの植物・薔薇。何となくヨーロッパ的なイメージがある薔薇ですが、原種は北半球の温帯域になら広く自生していて(もちろん日本原産種もあります)、主産地はチベット~中国・雲南省~ミャンマーあたりが主産地だったりするそうな。薔薇に触れた人類最古の文献は――この場合は正確には粘土板でしょうが、「記録」とするのも何かが違うので――古代バビロニアのギルガメシュ叙事詩だそうです。思いっきりオリエント。


 そういえば、ローマ皇帝で一、二位を争う暴君と評判のヘリオガバルス帝(ヘリオガバルスとは、ギリシア神話の太陽神ヘリオス信仰からオリエントで発生した太陽神エル・ガバルに由来する仇名。このことから察せられるように、彼はローマ皇帝ですがシリア、つまりオリエント出身だったりします)には、客人を薔薇の花びらで埋めて窒息死させた、という絢爛豪華かつ退廃と残酷の気風漂わせるエピソードが伝えられておりまして……。当時も薔薇は高価な花だったから、まさしく皇帝でなければ思いつかず、ましてや実行などできはしない殺害法でしょう。もしかしたら古代オリエントの密儀で薔薇が薫っていたかもしれないと考えると、胸がとってもときめきますよね。


 と、いう訳で薔薇は中国においても古くから愛されてきた花なのです。前漢の武帝の庭苑には、薔薇が植えられていて、武帝は妃と一緒に薔薇を愛でたという伝説があります。武帝の伝説を抜きにしても、5~6世紀には既に宮廷や、貴族の屋敷や寺院の庭で薔薇が育てられていたそうです。ただし、この時代の薔薇は、現代の私たちが薔薇と聞いて真っ先にイメージする剣弁高芯咲きではなくて、カップ咲きやロゼット咲き、平咲きだったでしょう。「チャイナローズ」「ティーローズ」と検索していただけると雰囲気が掴めると思います。もっと具体的に品種名を挙げれば「スレーターズ・クリムゾンチャイナ」「オールドブラッシュ」「リージャンロードクライマー」とか。中国の薔薇は、モダンローズに四季咲き性を与えた、大変重要な存在なのです。どうでもいいことだけれど、私は剣弁高芯咲きの薔薇よりも、アンティークな風情のあるカップ咲きの薔薇の方が好きです。


 幾つもある中国原産の薔薇ですが、良く知られた薔薇の品種としては、以下のものが挙げられます。

                学名       和名

多花薔薇たかしょうび Rosa multiflora    ノイバラ

玫瑰まいかい(メイクイ)Rosa rugosa     マイカイ(ハマナスの変種)

・月季           Rosa chinensis     コウシンバラ

木香もっこう     Rosa banksiae     モッコウバラ

荼蘼どび       Rubus commersonii  トキンイバラ


 このうち上三つは「薔薇園の三傑」と呼ばれているのですが、専門家か愛好家でない限り見分けるのは困難で、よく混同されているそうです。で、中国においても薔薇は恋や求愛のシンボルとされているのですが、やはり棘があることから「綺麗だけど手強い女」というイメージもあるそうです。


 ところで、玫瑰メイクイの「玫」は梅の回でも触れた「媒(男女の仲を取り持つ)」と通じます。ここから玫瑰、及び玫瑰と混同される他の薔薇にも男女を結びつける力があるとされるようになり、薔薇が求愛のシンボル・シグナルとして恋人たちの間で贈られていたのです。

 また、貴族や豪族の屋敷の後園(家の後ろにある庭園や畑のこと)や閨閣けいごう(女性の居住区)には、竹や木を衝立ついたて状に組んだり、屋根を付けたパーゴラに薔薇を絡ませた一画――薔薇架しょうびか荼蘼架どびか木香棚もっこうだなが設けられていました。藤棚に屋根を付けて、藤を薔薇に代えたようなものなのでしょうかね。で、その花や葉を密に付けた薔薇が絡む一画は人目から遮られるので、密会にはもってこいの場所だった。このことも、薔薇が恋の花になるのに一役買ったでしょう。それにしても、薔薇に囲まれて密会、とかロマンチックですよね。そういえば、英語の「under the rose」は「秘密に・ないしょに」を意味します。

 この他、鉢植えや花瓶でも楽しまれる月季は四季咲きであることから、長春花ちょうしゅんか恒春花こうしゅんか月月紅ユエユエホンと呼ばれています。長春は、永遠の栄え。ひいては二人の愛情が永遠に続く、という意味にも通じます。これもまた、薔薇が恋の花として中国で愛された理由の一つだったのでしょう。

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