芍薬

 今回は芍薬についてです。ところで、牡丹と芍薬は共にボタン科に属し、英語ではPeonyと一まとめにされているぐらいよく似た花なのですが、皆さんはこの二つの違いが分かりますか?


   牡丹              芍薬

  落葉低木            多年草

 2~3mまで育つ         60㎝ぐらいまで

四月から五月まで咲く       五月から六月

 葉は丸くて艶が無い     葉は細長くて艶がある


 ざっとこんな感じです。他にも、葉の付き方やめしべとおしべのコントラストなどこまごました違いがあります。でも、五月に花単体で出されたら、見分けるの難しいだろうなあ……。


 前回牡丹には婦人科系の疾患に対する効能があるとご紹介しましたが、芍薬の根にも婦人科の疾患に対する効能があります。そして牡丹同様、古くは花ではなく根を目的に栽培されていたのです。

 ところで、女性の病を癒す植物は、安産や子宝に恵まれるための薬でもあります。そして子孫繁栄に役立つ植物は、その前段階――求愛や求婚のシンボル・シグナルとなる。それは、悪阻に効果があるとされた梅が擲果に使われたことからも明らかです。と、言う訳で芍薬も求愛・求婚や、再会を約束して贈る別れの花とされていて、「詩経」にはそんな歌が収められているのです。なんでも遙か昔は、旧暦三月の上巳(三月三日の桃の節句)に、不祥を払って新たな活力を手に入れるための禊が行われていたけれど、それは同時に男女の自由恋愛の、一種乱婚的な集いでもあり、若者たちは香草の一種・かんを送って求愛のしるしとし、再会の約束をしながらも名残りを惜しんで芍薬を贈ったそうです。


 中国では、草花を送って求愛のシグナルとすることを「採蘭贈芍さいらんぞうしゃく」と言います。それで、試しに「採蘭」でググってみたら「契りを結ぶ」という意味にヒットしました。非常に風情がある言葉ですね! ただし、ここでの蘭は私たちが一般にイメージする蘭(胡蝶蘭とか)ではなくて、蕑――つまり蘭草フジバカマのことかもしれません。なぜなら、元になった詩経の詩で出て来るのは蕑の方だから。それに、中国語で蘭はランとフジバカマの両方を意味するそうなので。文献に記された蘭がランなのかフジバカマなのかは、今となっては容易に判別できないのです。なお、詩経で謡われている芍薬についても、蘭の正体同様諸説あったりします。


 芍薬の回なのに蘭の話はまだ続きます。「採蘭」と同じく蘭を含む言葉には「金蘭(非常に篤い友情のこと)」があります。金のように堅く、蘭のように芳しい友情という意味です。こちらも美しい言葉ですね。が、こっちの蘭もフジバカマのことかもしれません。まあそれにしても、「採蘭」も「金蘭」も情緒ある言葉なので、いつか自作の文中で使ってみたいものですよね。


 ここらで話を芍薬に戻しますね。詩経の時代から遙か下って晋(265~420年)や六朝時代(222~589年)になると、芍薬は観賞用とても栽培されるようになります。で、晋代のある書には、「別れの時に芍薬を贈るのは、芍薬の別名が可離かり、つまり別れるべし、だから」と記されていたそうです。

 古の別れの際の芍薬は、男女のどちらからも贈り贈られていたそうなのですが、一説によると男性から女性へ、が本来の形だったといいます。冒頭の方で述べたように、芍薬には婦人病に効能が――子宮の働きを亢進させる力がある。それは言い換えれば、胎児を流す力あるということです。つまり、一時のアヴァンチュールのつもりで相手にした女が妊娠していたら厄介だから……という理由で芍薬が贈られたこともあったという説もあるのだとか。こういうのって、男が出来たかもしれない子を流すという意図で芍薬を贈っても、女の方は再会を約束する花として与えられたと解釈してしまったら、とんだ悲劇が生じかねないですよね。

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