牡丹

 「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」ということわざでおなじみの花・牡丹。牡丹は中国北西部が原産地とされていて、中国最古の薬学書にも記載があります。つまり、牡丹は元々は薬用植物だったのです。牡丹には婦人科の諸疾患に対する薬効があります。牡丹皮には血の巡りを抑止、血圧の降下や頭痛にも効果があるのです。

 牡丹が観賞用として本格的に栽培されるようになったのは、隋・唐代からのこと。隋の煬帝(父・文帝が建てた隋をぶっ潰した、ある意味もの凄い皇帝)の宮殿にも、牡丹の名品が献上されたそうです。

 ただし、昔の牡丹は、異名の「花王・花后」「富貴花」が示すように、庶民には手が届かない、まさしく高値の花でした。なぜなら牡丹の栽培は難しく、金がかかるから。なんでも、一本で数千から数万銭(唐中期では、数十銭あれば米が一斗=約六リットル買えた)する牡丹も決して珍しくなかったとか。だからなのか、唐・宋代の王侯貴族やお金持ちは牡丹を送り物にしていたそうです。


 昔は庶民にはおいそれと手が出せない存在だった牡丹ですが、牡丹の豪華さ艶めかしさは人を惹きつけてやみません。という訳で、この天下にまたとない名花の人気は、もう一つの国色天香こくしょくてんこうが唐の都・長安であでやかに咲き誇っていた頃に絶大なものになり、牡丹の名所が都のあちこちにでき、シーズンになれば都じゅう見物客でごったがえすようになりました。が、それも寺院や王侯貴族など、金と余裕がある連中の庭苑だったのですが。長安の民の牡丹狂いはなんと唐が滅亡するまで続いたのですが、そんな風潮に眉を顰める人も勿論いました。白居易も、そんな詩を残しています。


 ちなみに、いかに牡丹狂いの唐代とて、どんな牡丹でももてはやされたのかと問われれば、そうではありませんでした。

 私が今読んでいる本「大室幹雄著:パノラマの帝国 中華唐代人生劇場」によると、最ももてはやされたのは紫、次いで赤。白い牡丹はありふれていたせいもあってか、紫や赤に比べればあまり好まれなかったそうです。なぜなら当時三品以上の高級官僚は紫の服を、五品以上は紅の服を着るように定められていた。つまり、紫と紅は富貴と栄誉を象徴する色だったのに対して、白とは庶民の服の色だったから。

 中国では伝統的に喪服即ち凶事の色は白で、対して婚礼衣装即ち慶事の色は赤になります。ですから、唐代の牡丹の色の好みには、そういった連想も働いていたでしょう。とにかく、唐代の人々が紫や赤の牡丹を好んだのは、実に現実的な欲望も相まってのことだったのです。ちなみに白居易は、濃い色の牡丹ばかりがもてはやされてばかりで白牡丹可哀そうだね、という感じの詩も残しています。


 ところで国色天香とは牡丹、もしくは類まれな美人のことを挿します。「国色」は「国一番の美しい色」のことで、それだけでも「国一番の美人」を意味するからです。ここまでくれば、牡丹にも比せられる絶世の美女とは誰か分かりますよね? 唐の最盛を治めた皇帝・玄宗の寵愛を一身に受けた傾国の美女・楊貴妃のことです。というか、国色天香が美人を指すようになったのは、楊貴妃に関する逸話が元だったりします。楊貴妃はその美貌を李白の詩でも牡丹に、白居易の「長恨歌」ではその肌を「凝脂」とたとえられているので、唐代の美意識ど真ん中の、ゴージャスグラマーなもち肌美人だったんでしょう。


 という訳で、牡丹の花卉語には

(1)天下無双の美女→国色天香

(2)王者、最も優れた者→花王・花后(宋代の牡丹図誌的な本によると、姚黄とうこうという品種が花王、暗い紫色の魏紅ぎこうが花后だそうです)、百花王・万花王

(3)富と栄誉→富貴花


があります。

 ところで、牡丹は皇帝が妃嬪を寝所に召すシグナルに使われる場合があったそうです。

 明の初代皇帝・洪武帝は後宮の女性たちと牡丹を愛でている時にそういう気分になって、ある宮女に夜伽を命じたところ、病を理由に拒絶されました。そこで洪武帝は、今度は宮女の髪に自ら手折った牡丹を挿しました。ところが宮女はその牡丹を髪から抜いて投げ捨てて拒絶の意思を示したので、洪武帝は宮女の腕を一刀両断してその場を去ったそうな。最後ものすっごく血なまぐさくなりましたけど、そりゃ皇帝をこんな風に拒絶したらそうなりますわなって感じですよね。

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