桃
花は美しい、実は美味しい。ついでに匂いもいい。桃はこの世にこれを嫌いな人はいるまい、というぐらい人気がある植物です。という訳で、中国でも桃は古くから非常な感心を持たれたりしていました。どのくらい古くからかというと、詩経に、桃に関する詩「
原文
桃之夭夭 灼灼其華
之子于帰 宜其室家 ……「
桃之夭夭 有蕡其実
之子于帰 宜其家室 ……「
桃之夭夭 其葉蓁蓁
之子于帰 宜其家人 ……「
書き下し文
桃の
之の子
桃の夭夭たる
之の子于き帰がば 其の
桃の夭夭たる 其の葉
之の子于き帰がば 其の家人に宜しからん
現代語訳
ももの木は若々しく、明るく咲き乱れているその花よ。
(まことにめでたやめでた)この子がお嫁にいったなら、きっと明るい家庭に似合うだろう。
ももの木は若々しく、多く実ったその実よ。
(まことにめでたやめでた)この子がお嫁にいったなら、きっとにぎわう家庭に似合うだろう。
ももの木は若々しく、盛んに茂るその葉よ。
(まことにめでたやめでた)この子がお嫁にいったなら、きっと栄える家族に似合うだろう。
――以下の解説と共に、石川忠久 編 漢詩観賞事典より
「人面桃花」という言葉もあるように、桃の花は美女の顔の比喩や、実も花と共に適齢期の少女のたとえとしてしばしば用いられてきました。だったらこの詩でもそうなのだろうと思ってしまいますが、また別の解釈もできるそうです。これは元々、妊娠や安産を祈願して桃の木を褒めたたえる
「桃夭」は大勢で歌うことを条件としていたからか、詩句は平明で音調もいい。韻もきれいに踏まれていて、繰り返しも単純だから、大勢で歌えばきっと皆でその娘の幸せを祈ろうという連帯感が生じたでしょう。
詩経は、収められた詩が歌われた黄河流域の気候が厳しく、また黄土が広がる殺風景な土地なので、全体的には地味で暗い感じの詩が多いようです。ですが、「桃夭」が属する「周南」は明るいものが多いのだとか。「桃夭」は地方によっては現在でも歌われているそうなのですが、何千年も受け継がれてきた理由も分かるような気がします。
桃が女性と関係があるのは言葉の上だけでなく、桃の原産地は中国であるからなのか、中国では桃の花や実には身体の血行を良くし、顔色を艶やかにする効果があると信じられてきたそうです。なんでも
ところで、皆さんもご存じでしょうが、桃は邪気を払い、不老不死をもたらす植物として信仰されてきました。長寿を願った漢の武帝に西王母が与えたのも桃です。道教には、桃剣だとか
(1)花や実が明るく綺麗なので、めでたい植物であるとされた
(2)実の形が、邪気を退けるとされる女陰に似ている
(3)
(4)刀工を桃氏と称するように、桃は魔を斬る
(5)酸味があることから、悪阻(思酸の病)の妙薬とされた
→詳しくは、「梅」やその前話を参照。なお、桃の実の核の中の桃仁には、月経不順や産後の諸症状に効果があります。また、桃の「兆」は語源的に「ものごとの分離・きざし」という出産にも通じる意味があり、生命の誕生による神秘の力は悪鬼を退散させる力と信じられていたそうな。
酸味がある梅は、梅と同じく愛情の告白・求愛のシグナルとして用いられてきました。その例を明代の有名な官能小説「金瓶梅」に求めてみると、「ヒロインの藩金蓮が、前々から気になっていた、妾として仕える西門慶の娘の夫・陳経済の帽子に桃の花輪をそっと被せる(※中国語で「そそのかす」という意味の
そういや、桃に関する故事成語として「余桃の罪」がありますね。この言葉には、
衛の霊公に非常に可愛がられていた(意味深)少年・弥子瑕が、霊公と果樹園に行った時に美味しい桃があったので残りを主君に分けたところ、「美味しい桃があったのに、一人で食べずに分けてくれるとは。私をそんなに愛してくれているのだな」といたく感動された。けれど、年を取って容色が衰えると、弥子瑕は霊公に「こいつは昔、私に食い残しの桃を食べさせた」として断罪された。
というエピソードから、「君主の寵愛は気まぐれで、あてにはならない」という意味があります。ここで登場する果物が桃であるのは単なる偶然だろうけど、弥子瑕は愛情を伝えるという意図もあって食べ残しの桃を霊公に献じて、だからこそ霊公も喜んだのではと深読みできなくもないですよね。単なる偶然だろうし、結局刑を受けたのですが。
さて。中国語には「桃花運」という言葉がありますが、それは「男女の異性愛(本来は、男から見た女運)」を意味します。中国でも温暖な地方では桃は春節に欠かせない花なのですが、そこで瓶に挿した桃の花が萎れずに長く咲けばその年に理想の相手と巡り合うと信じられているそうです。
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