ヤナギを指す漢字は枝がしだれる「柳」と枝がしだれない「楊」の二つあるけれど、今回は枝がしだれる「柳」についてご紹介していきます。


 柳は柔らかに垂れた枝のみならず、白い毛が生えた種が風に乗って舞う様が吹雪のようで美しい(→柳の種の逸話が気になる方は、「柳絮の才」というワードをググってみましょう!)植物です。しかも「縦横、さかさまにしても育つ」と言われるぐらい繁殖も簡単で、成長も早い。このことから柳は「強靭な生命力」の象徴となり、さらにそこから発展して魔除け・子授けの力を持つと信じられるようになりました。

 上記のマジカルアイテムとして柳には、こんな逸話があります。正月の朝、柳の枝を戸口に挿しておけば悪鬼が家に入らない、とか。大晦日の晩に子供に恵まれない女性の背中を「今年打来、今年有」と唱えながら柳の枝で打つと、翌年には子供ができる、とか。清明節に柳の若芽を入れた茶を飲んだり、ご飯に混ぜて食べれば災いが消え、寿命が延びる、とか。

 ところで、今から遡ることX年、中学生の頃に地元の民話を収めた本を読んだら、


「昔、〇〇(身バレ防止のため伏字にしてますが、記されていた地名は今でも普通に使われています)には大層美人で、大層身体が細い娘がいた。娘は美しさを認められて金持ち(か、村の偉い人)の家に嫁ぐことになった。けれど、娘があんまり痩せているので「あの腰で子供が産めるのか」と陰口を叩かれるようになった。このことに娘は大変落ち込んだけれど、ある時誰かが娘の腰を柳で打つと、柳のように細かった腰はみるみる豊かになって、娘は無事嫁ぐことができた」


 みたいな話が載ってました。ということは、子宝を願って柳で女性の肉体の一部を叩くという風習は、中国のみならず日本にもあったのかもしれませんね。もしくは、中国から伝わったか。私の地元は地理的に中国に近いし、歴史的には色々な接点があるので、ありえないことではない。ただ、なんせX年も前のことだから色々とうろ覚えなので、娘の腰を打つのに使われた植物は柳じゃなかったかもしれません。ただそうだとしても、中国と日本で類似した伝承があるというのは面白いなあと思います。皆さんの地元にも似た話が伝わっていたら、教えてくださいね! 


 さて、話を本筋に戻しますね。マジカルアイテムとしての柳には他にも逸話があります。中国には踏青という、春に行うピクニックみたいな年中行事があったのですが、踏青の時期は伝統的に墓参りの季節でもありました。そこで墓参りに行く人々は、死者の不浄を祓う力に期待し、柳の若枝を身に付けたり、髪に挿したりする風習があったのです。


 ところで柳に関する習俗にもう一つ(というか、こちらの方が有名)「旅立つ者に柳の枝を手折って送り、無事を祈る」というものがありましたが、これも柳の旺盛な生命力や、辟邪へきじゃの力に由来しています。

 この送別の儀式は多くの場合、橋や河岸など水辺の近くで行われていましたが、これは水辺が異界との接点や関門だと考えられていたからです。話は大分遡りますが、このまとめのロシアの泣き歌の章でもそんな話が出てきたので、水の近くを異界との境界とする考え方は洋の東西を問わず普遍的なものなのかもしれません。また、送り送られるのが想いあう恋人同士ならば、橋や河は行き交う愛情・恋の障害の象徴でもありました。


 柳は湿地や河岸を好んで生育するので、この送別の儀式に用いられるのは恰好の植物でもありました。送別の際に柳の枝を贈るのは、旅人の平安無事を祈るという他にも、


・柳の枝には弾力があることから、旅人が早く戻ってくるようにという願いを込めた

・柳に相手を繋ぎ留める力を期待した(中国語のリ(ォ)ウの発音は留まるという意味のリ(ォ)ウと近い)


 という意味合いもあります。特に二つ目では、元々は旅の無事を祈願して送られていたはずの柳が、親しい者と別れる悲哀を背負ったものに変化していますね。

 というのも、旅立つ人に柳の枝を折って贈るという風習が一般的なものが普遍化するとかえって本来の意味が忘れられ、柳→旅立ち→別れの悲しみという連想が働き、柳は新たに「惜別の情」や「別離の悲哀」の象徴にもなったのです。でも、風に細く垂れた枝を震わせる柳の姿は、愛しい人との別離の哀しみにくれる佳人の面影を重ねるのにこれ以上ないぐらいぴったりですよね。

 愛する人との別離は、「空閨の寂しさ」にも通ずる。と、いうことで唐末から五代にかけての艶詩アンソロジー「花間集」には、深窓の女性の哀傷を柳に託して詠まれたものが収められているそうです。

 

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