十冊目 中国の愛の花ことば

中国の花ことば・花卉語

 花言葉といえば、西洋で生まれて、他地域に伝わったと思っている人は多いでしょうが、実はそうではないのです。大体私たちがイメージする花言葉(薔薇は愛情……とか)だって、トルコやペルシャからイギリスやフランスに伝わったもので、起源は東洋にあります。これと同じように、花(植物)を一種の象徴とし、特別な意味を持った植物を送って相手に自分の想いを伝える伝統は中国にも存在し、花卉語かきご花語かごと呼ばれています。大変ロマンチックですね! という理由で、この章は「中村公二著 中国の愛の花ことば」という本から、私がときめいた所を皆さまにご紹介していきたいと思います。


 花卉語が形成された過程は残念ながらよく分かっていないのですが、男女の愛情や生殖と深い関わりを持っていて、花卉語には恋愛、ないしセクシャルな意味を持つものが多いです。

 花卉語の特徴としては他に、


(1)花だけでなく、果実に纏わるものも多い。

 ……詳細は後述。

(2)香草に因むものも多い。

 古代中国では香草には遠くにいる大切な者の心を自分に向けさせたり、心変わりした恋人の心を繋ぎ止める力があると信じられていた。また、媚薬的な使い方をされることもあった。

(3)諧音かいおん(=音通)によるものが多い。

 古代の中国語では、同じ発音の語は共通の概念を持つ同族語とされていたため。

 例えば蓮は、愛するという意味の憐と同じ発音(どちらもピンインではliánでアクセントも同じ )であることから、「採蓮」はつまり「採憐」=恋人を選び取るを意味する。また蓮は、恋とも声調は異なるが同音。

(4)中国的な吉祥の意味が込められているものが多い。(不老不死、富貴など)

 吉祥とは「めでたいこと」という意味。ただし、九月九日長陽の節句に長寿を意味する菊を贈り合うなど、歳時記的な意味合いが強い。しかし、「永遠・不変」を象徴する松や月季花(庚申薔薇ロサ・キネンシス Rosa chinensisの別名)が「永遠に変わらない愛」「不変の盟い」といった意味で使われている例もある。


 と、なっております。


 (1)については、擲果てきかという習俗も関係しています。中国には、主に女が好ましいと思う異性に果実(どの果実でも良いのではなく、柑橘やライチなど、酸味のあるもの。特に梅や木瓜など)を投げて求愛の意を示し、男が彼女に応える気があるのなら贈り物(詩経に収められた、擲果の習俗を唄った歌では、身に帯びていた玉の飾りを)としていました。なお、擲果が女性から行われたのは、古代社会では果実の採取や管理は女の仕事だったこと、植物の結実と妊娠出産が同一視されていたことに関係しています。つまり意中の異性に果実を贈るという行為は、相手に子授けの力を賦与する行為だったのです。

 なお、どうして擲果に酸味のある果物が用いられたかというと、古代中国では果実などに含まれる酸味を安産や男女の結合の妙薬とする信仰があったからなのだとか。酸っぱい果実は悪阻に効果があることから、妊婦の好物→子授け・安産→男女の結合という連想が働いたためなのだそうです。


 擲果の習俗がどれくらいまで行われていたのかは私が不勉強なので分からなかったのですが、西晋(265~316)の、超イケメン詩人・はんがくは洛陽の街で外出すると、車がいっぱいになるぐらいの果物を投げつけられたそうです。潘岳イケメンすぎ。この故事は「擲果満車」という四字熟語になっています。ちなみに、「洛陽の紙価を高める」という言葉の語源になった、同じく西晋の超ブサメン詩人・左思は、潘岳の真似して外出したところ、道行く婆さんたちから唾を吐きかけられたそうです。……しょっぱい。


 花卉語の意味は、その花(植物)の

・色

・形状

・特性

・季節

・香り、味、薬効

・諧音

・神話伝説、物語や古詩でその植物がどのように扱われているか


 によって様々で、一つの植物で様々な意味を持つことも多いです。

 ちなみに、ここまではどちらかというと想いを伝える側に立って話を進めてきたのですが、想いが込められた花や植物を貰った側が返事をする際にも決まりがあります。中国では、求愛に送った花の花びらが毟られていたり、返事に貰った花の数が二本だったら拒絶のしるしだったそうです。

 返された花の数が二本の場合は、二本はツイン、つまりその相手にはもう恋人がいるという意味です。そしたら花びらを毟るのは、純粋にその相手が嫌いだった、ということを意味するのでしょうか? どちらにせよ同じ拒絶でも、花びらを毟るのは近所でも評判の美人だけど気が強いお姉さんに、二本の花を返すのはマドンナ的な優しいお姉さんにしてもらいたいものですね……。

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