社交・人間関係 ②
さて。奥方同士の交流に限らない唐代の人々の交流――ありていに言ってしまえば、男女間の接触は、比較的自由気ままでした。
まず、女性は頭も顔も隠さず、異性と単独で会っていてもはばかることなど一つもない。たとえ官僚の家でも、女性たちは男の客を避けようとはしなかったそうです。だから当然、一般の女性たちはなおのこと自由に異性と交流を持ち、他人から疑いを持たれても気にしませんでした。他、女道士は当時の社交界のスターだったから、男性たちとも親密な(意味深)関係をじゃんじゃん持っていましたし。降嫁した公主たちの許には官僚や名士が集まってくるから、公主たちは当然彼らと交流を深めていました。
宮中でさえも門限はそれほど厳しくなく、后妃や宮女たちは官僚たちを避けようとはしなかった。もっと凄い場合だと、礼法を無視して官僚たちと親しく交際することがあったぐらいなのですから。
たとえば、則天武后の息子・中宗の皇后・韋氏と則天武后の異母兄の息子・武三思は、中宗の寝台で一緒に双六をして、時にその側で中宗が両者の得点を数えていたそうです。皇帝がそれで良かったんでしょうかね? また、中宗は大変な恐妻家であり、ある楽人が「宮廷内で一番の恐妻家は陛下ですね」みたいな歌をふざけて歌ったら、その楽人は韋后により褒美を与えられたそうです。
なお、韋后は後に娘の安楽公主と結託し中宗を毒殺しますが、当時臨淄王だった玄宗が太平公主と協力して韋后と安楽公主を殺害し、その上で両名を庶人に落とします。このことがきっかけで、玄宗は皇帝になったのです。
他、恐妻家の皇帝としては玄宗の息子である粛宗がいて、粛宗は張皇后を「大いに恐れて」いたそうです。上は皇帝から、下は士大夫まで。唐代、特に初期は恐妻、妬婦(嫉妬深い妻)の時代也。
妬婦といえば、一つ面白い話が伝わっています。
二代皇帝・太宗はある時家臣の一人に美女を賜ろうとしたが、彼はあえて受け取ろうとしなかった。そこで、その妻を宮中に招き、皇后を通じて「妬まずに生きるのと、妬んで死ぬのは、どちらが良いか」と尋ねた。すると夫人は「妬んで死ぬ方がましです」と答え、太宗が賜った毒酒を恐れず一気に飲み干したので、この態度には太宗も敬服してしまった、と。
この時の毒酒は実は酢だったとも言われていて、この逸話が元で「吃酢」(酢を飲む)という言葉はやきもちを焼くという意味で使われるようになったそうです。あと、夫が客人をもてなすために婢に歌わせたら、腕まくりして抜刀し髪を振り乱した上に裸足という凄まじい姿でその場に乱入してきた妻とかいたそうな。この女性は、存命中から嫉妬深くて有名だったそうです。なお、客人と婢は驚きのあまりその場から逃げ、夫もベッドの下に隠れたそうな。というか夫は、こんな妻がいるのによく呑気に婢に歌を唄わせよう、なんて考えられたな……。
とにかく、上記のような女性たちならば、「あっぱれ!」と称賛したくなります。だけど唐代には、同じ嫉妬深いでも陰湿で残酷な――妾や婢の顔に刺青をしたり、刀や斧で斬りつけたり、火傷させたり、果てには彼女たちの命を奪った正妻も多かったそうです。
話は散々逸れてしまいましたが、韋氏と武三思の事例の他にも、玄宗の寵臣の独りは常に后妃と席をくっつけて酒を飲んだり、安禄山は楊貴妃と(ちなみに、この二人は義理の親子の関係を結んでいたりします。楊貴妃の方が親)後宮で一緒に食事したり、ふざけ合ったりして、終には一晩中後宮から出てこないこともあったそうです。そりゃあ、不義密通も起きますわな、という感じのゆるさですよね。
後宮のトップの方でもこんな感じなんだから、宮官と呼ばれる、正六品以下の女官たちは、もっと頻繁に宮廷の内外を自由に出入りし、中央や地方の官僚たちと交際していたそうです。
ただ、こんな風に自由に振る舞えたのは、地位が高い后妃や、宮女カースト上位の方たちだけだったんだろうなあ、と私は邪推してしまいましたね。ほんとの下っ端の、後宮の外に出る理由も機会もない宮女たちは、皇帝の寵を受けるどころか、皇帝の顔も見ることもなく、后妃やカースト上位の宮女たちにこき使われ、虚しく年老いて死んでいったのだろう、と。なんでも則天武后の母親は、娘が後宮に入れられると決まった際、嘆き悲しんだそうですから。ただ、まだ十四歳の時でも則天武后は既に則天武后だったのか、泣いて悲しむ母親に対して「どうして後宮に入れられるからといって、私が不幸になると決めつけているのですか?」というようなことを顔色も変えずに言ったそうです。流石だぜ!
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