尼僧、女道士、巫女 ①

 唐代は仏教も道教も篤く信仰されていた時代だったので、従って多くの尼僧や女冠(女道士)がいました。これに、女巫(女占師)を加えると、無視できない数の女性が宗教に携わっていたことになります。尼僧だけでも、少ない時でも数万人。多い時は十数万人。また、僧侶も同士も巫覡も基本的には生産活動に従事しないので、言葉は悪いのですが、少なからぬ数の人間が他の階層に寄生していたことになります。

 

 さて。この数万人以上にも昇る尼僧や女道士たちは、出家以前は妃嬪や公主であった者から、貧民や娼妓だった者まで、多くの階層の出身者を含んでいました。そんな中、妃嬪や公主ではない一般の女性たちが出家した理由を分類すると、


①信仰心が篤かったため。

②そうしないと生きていけなかったため。


 となります。①については説明は不要ですが、②は詳しく掘り下げる必要がありますね。

 実は、①のように信仰に生きるために出家するのは、貴族や士大夫階級の家の女性がほとんど。いわば少数派で、多くの場合は夫に先立たれたか家族が罪を犯してしまったので、尼僧か女道士になるかしないと生きていけなくなったから、そうしていたのです。他にも、妓女や姫妾が晩年を過ごす場として寺院や道観を選ぶこともあったそうな唐代では年を取って容色が衰えた妓女は出家をするのが一般的だったそうです。また、妓女同様に年をとり容姿は衰えたけれど行く当てもない宮女や宮妓の少なからぬ者も、寺院や道観に入ったそうな。あとは、親が彼女たちを養えないぐらい貧しい家に生まれた娘たちも、食事を求めて出家したそうな。


 上記のように、一般階級の女性にとっての出家とは、他に生きる方法がない時に採る最後の手段でした。ですが、世の中には基本があれば例外があり、特殊な事情があって出家した女性たちがいます。そして、そういった女性たちのほとんどは妃嬪や公主でした。

 例えば則天武后もそうだったように、妃嬪たちの中には仕えた皇帝が死ぬと集団で寺院に送り込まれ尼にされた者もいました。則天武后は最初は唐朝二代目皇帝・太宗の後宮に入っていたのですが、色々あって太宗の息子である高宗の後宮に迎えられ、策を巡らして彼の皇后となり、そして皇帝にまでなったのです。

 仕えた皇帝が死んだ場合以外でも、妃嬪が出家することはもちろんありました。唐朝七代目皇帝の妃の一人は、兄が死を賜った(某フリー百科事典によると、これは賜死ししといい、死刑の一種だったそうです。多くは君主が臣下の貴人に自殺を命じることを指し、名誉や爵位や領地を守れたり、一族の連座を防げるから、通常の死刑よりは慈悲深い措置とされたそうです。なお、中国では死を賜る際、自殺に使う道具を贈る風習がありました。たとえば、毒入り酒とかが皇帝から贈られてきたら、「これ飲んで死ね」ということだったのです)ので、皇帝と離婚して宮中の寺の尼となったのです。

 あと、レア中のレアケースとしては、楊貴妃の例があります。前にもちらっと述べたのですが、玄宗とのラブロマンスで有名な楊貴妃は元々は玄宗の息子の妃だったのです。でも玄宗が楊貴妃を気に入ったから、楊貴妃は一端道士となることで俗世との縁を切った。そして還俗して、玄宗の妃になったのです。


 このように、やむを得ない事情があって出家する妃嬪は多かったけれど、公主の場合はもっと多かった。

 尼僧と女道士を比べれば女道士の方が自由が多かったので、公主たちの多くは寺院ではなく道観に入り、出家後も出家前と変わらない豪奢な生活を送ったそうです。というか、朝廷は出家した公主にも出家してない公主と同じように生活資材を支給したから、却って色々な制約・束縛がある公主だった時より自由に生きられるようになったそうな。

 公主の中には、「夫が死んだから……」という理由で出家した者もいるけど、他の大多数の理由は明らかになっていません。理由が記録に残っているとしても、「国家の幸福を祈り、禍を祓う」程度のテンプレートなものでした。というわけで、出家した公主たちが本当は何を思って出家したのかはよくわかっていないのですが、もしかしたら自由が欲しくて出家したのかもしれませんね。

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