私家婢 ②
個人の家の婢は
細婢
・主人の近くに侍って身の回りや飲食の世話をしたり、家政や文書などの管理を手伝ったりする婢。中には、その家の挨拶儀礼を一人で受け持ったり、皇帝や皇族に出す手紙を任せられた者もいました。
容易く想像できることではありますが、細婢は大部分が若くて才色兼備の女性でした。だからなのか、歌舞を習って家妓になる者もいたそうです。
粗婢
・煮炊きに洗濯、水汲みや薪拾いに酒造り等の、いわゆる家事(≒重労働)を担う婢。細婢よりも値段が安く、地位も低い。また稀に、機織りや細工品などの生産活動に従事させられる者もいた。
に分けられました。まあとどのつまり、若くて魅力的な女が異性から優遇される影で、それ以外のイマイチぱっとしない女は辛い思いをしてきたってことですよね。人類が誕生して以来、いいえ、人類の誕生以前から繰り返されてきた、人類の普遍的な行動パターンがここでも観察されましたね。
粗婢よりはまともに扱われる細婢であっても、奴婢である以上は自由を持たない、主人の所有物であることには変わりありません。ただ、人が良い主人に恵まれれば一生を平穏に暮らして、死ねば細やかながら葬式を出してもらうこともできました。また、ごく稀に主人によって婢の身分から解放されて客女になるか、客女も通り越して良民となることができた者もいます。
家長が手書きの証書を作って長男以下の者が証明し、官府に届ければ、晴れてその奴婢は解放され、主人の家からは独立した一家を成すこともできました。しかし、それはやはり少数の例外。
官婢と同様、結婚相手すらも主人に決められるか、もしくは主人の慰み者にされるか、はたまたその二つの道を同時に辿るのか。いずれにせよ、唐代では法律で主人が自分が所有する部曲の妻や客女と関係を持っても無罪だと決められていたので、婢たちが主を拒むことはできませんでした。というかむしろ、主人に求められたら身体を差し出すのは、主人に仕えるのと同じくらい当然のことだとされていたので、拒めばきっと酷い目に遭ったんでしょうね。
それでも、万が一にでも主人に愛されるようになれば、この辛い毎日から抜け出せ
るかもしれない……。と幽かな希望に縋った婢もいたでしょうが、一握りの例外を除けばことはそんなにうまくいきません。
主人の愛情を頼りに幸福を掴もうとする婢の第一の敵は、他ならぬ主人自身だったりします。なぜなら、唐代に限らず中国では裕福な男は多くの妻妾を持つのが一般的なことだったので、主人は気まぐれで手を付けた下賤の女のことなんて、大抵はすぐに忘れてしまっていたのです。
もちろん、中には良民と賤民という身分の違いを越えて、心から愛し合った恋人たちもいました。でも、婢を解放して良民にして自分の妻にするような真似は、当時の社会からは嘲笑されたのです。ただ、婢を解放する際は彼女が良民の妻となるようにと願って解放されることもあったそうなので、自分の妻にしなけりゃ良かったんでしょうかね?
婢たちに立ちはだかる第二の、そして主人の移り気などよりももっと恐ろしい災禍は、主人の正妻の嫉妬心でした。だいぶ前に述べたことなのですが、唐代は嫉妬深い妻――妬婦が多い時代でした。妬婦といえば、私が一番気に入っているエピソードとしてこんな逸話があります。
唐朝は二代目・太宗の時代の管国公は妻を酷く恐れていた。管国公はある時、人に(恐らくはその恐妻家ぶりを)揶揄われてこう言った。
「妻には恐いところが三つある。結婚したての頃はいつも菩薩のようである。菩薩を恐れない人などいるだろうか。妻はしばらくして子供を産むと、子育て中の虎のようになる。虎を恐れない人などいるだろうか。さらに妻は年老いて皺がよると、
と。それを聞いて周りの者は大爆笑した。
(「唐宋時代の家族・婚姻・女性
まあ、こんなん笑うしかありませんわな。それにしても、国公っていったら、当時の皇族ではない者としてはこれ以上はないぐらいの高位なのに、その地位を得てもなお妻が怖かったんですね……。
でも、いかに唐代の正妻たちとはいえ、自分以外の女に手を出した夫への怒りで腸が煮えくり返っていても、その怒りを夫にぶつけることはできません。では、その怒りはどこに向かうのか。もちろん、夫と関係を持った(持たされた)女に向かうんですね。
というわけで、唐代の書物には嫉妬した正妻が夫が手を付けた婢を刃物で斬りつけたり、耳や鼻を削いだり、果ては殺してしまったという事件がしばしば記載されているそうです。もっと凄いのだと、化粧が上手い婢がいたからイライラした正妻が、その婢を虐待したとか。つまり婢たちは、主人の慰み者にされる恐怖だけでなく、慰み者にされた後に襲い来るだろう、主人の妻からの虐待に怯えて暮らさなければならなかったのです。冗談じゃありませんね。
あまりに辛い生活に耐えかねたのでしょう。唐代では、逃亡した婢を探す掲示が頻繁に街道に張り出されていたそうです。
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