妓女たち 地方の官妓①

 前回述べたように官妓は官に属する賤民であり、奴婢とほとんど同じ存在でした。ある詩人は、詩の中で「官妓を指名するときは、幼名で呼んだ方がいいよ。官奴、なんて呼んじゃいけないよ」という風に詠んでいるそうな。……ということは、逆にお姉さんを呼ぶとき「おい、奴隷! こっちに来い!」みたいに呼びつける男がいたってことなんですかね。……引くわー。たとえ金払いがよくとも、お姉さんたちからはヘイトを食らうタイプですね。


 ところで、上記の例で「幼名で呼んだ方がいい」と言われているのは、少しひっかかりませんか。どうして本名ではなく、幼名なのか、と。というのも中国では個人の本名はいみなであり、うっかり他人や悪霊に知られると大変なことになると考えられていたため、誰かを諱で呼ぶことは親か主君にしか許されていませんでした。それ以外の人間に諱を呼ばれようものなら絶交ものです。ついでに、自分の諱のみならず、自分の親の諱を呼ばれるのもダメです。ある意味みんなが名前を呼んではいけないあの方だったのです。

 とはいえ、誰かを呼ぶときに名前を呼んではいけないなんて不便極まりないから、近代以前の中国の人々は、本名の他に幼名やあざなを持っていたのです。蜀の天才軍師・諸葛亮が「孔明」と呼ばれているのがこれです。「孔明」が諸葛亮の字なのです。

 他にも分かりやすい例を挙げると、


     姓  諱   字    幼名    排行      別名


曹操   曹  操  孟徳  阿瞞/吉利  ?  (諡号とか廟号とか色々)


白居易  白  居易  楽天  ?    二十二

 

楊貴妃  楊  ?  玉環   玉環    ?      太真

           ※良い子も悪い子も、この表はパソコンで閲覧してくだいね

 

 こんな感じです。つまり曹操は、小さい頃は「阿瞞」、大人になったら「孟徳」と呼ばれていたんですね。ま、字で呼び合うのもある程度の関係がないと失礼とされていたそうなのですが。相手が官位についていて、なおかつそんなに親しくない相手だったら「姓+官名」がきちんとした呼び方とされていたそうです。


 礼記によると、男子は二十で冠を被り、女子は十五で笄を付けるようになると成人したと見なされるのですが、その際に字を名乗るようになります。それまでは幼名で呼ばれるんですね。つまり、成人したら幼名で呼ばれることはなくなるはずなんですが、たまに成人後も、相手との関係性によっては親しみを込めて、幼名で呼ばれることがあったそうな。つまり、詩人が「幼名で呼んであげなよ」と謳ったのは、そういうことなんですかね?


 ちなみに、皇帝クラスになると「皇帝の諱と同じ名前の人は改名する」「皇帝の諱の漢字を含む地名も変える」「過去の人物であっても、名前が皇帝の諱に触れていたらちょっと変えて呼ぶ」というぐらい厳重に諱を避けられます(これを「避諱ひき」と言います)。また、庶民が使えなくなったら困る漢字を諱として持つ皇帝は、逆に皇帝の方が改名することもあったとか。ところで、諱が二文字の場合は、「どちらか片方だけだったら使ってOK」とされていたそうなのですが、唐朝二代皇帝・李世民は「自分の諱はどちらもよく使う字だから、避諱しなくていい」という布告を出し、清朝四代目皇帝・康熙帝(諱は玄燁)の場合は、紫禁城の「武門」を「武門」と呼び変えていたそうなのですが、これ全然「片方だけなら使ってもOK」じゃないですよね? 絶対に無許可で使ったら罰せられるやつやん……。


 なお、字の他に、本名の代わりには、「排行はいこう」という、個人が一家や一族で何番目の男児(女児)であるかを示す呼び名もありました。排行では「姓+数字」の他、「姓+数字+郎/娘」という風に呼ばれていたそうな。

 例えば白居易は実際は次男なんですが、いとことかも含めたら二十二番目なので、白二十二もしくは白二十二郎と呼ばれていたのです。あと「酉陽雑俎」によると、排行は葬式の際、死者が女だった場合は、「姓+排行(=数字)」という形で、棺の前に立てて死者の姓名を表記する旗にも書かれていたそうです(死者が男ならば、名を書いたそうな)。


 最後に、楊貴妃の「太真」について説明していきますね。楊貴妃は実は、玄宗の妃になる前は玄宗の息子の妃だったのです。息子の嫁は流石にヤバい。なので、楊貴妃は玄宗の妃になるにあたってまず一回道士になり、俗世との縁を切ることで、世間からのバッシングを回避しようとしたのです。「太真」は、楊貴妃の道士としての名前になります。ま、ここまでしても結局、安史の乱は起きちゃったんですけどね。


 途中から官妓とは全然関係がないことばかり語ってしまいましたが、これで今回のまとめは終わります。次回! 次回はちゃんと地方官妓について説明しますから!

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