庶民の女性たち ①農家編

 お姫様編で語ったように、農民は布などを納めなければなりませんでした。なので、豪農の妻とか一部の例外を除いては、昔の中国の農家の女性は一生のほとんどを機織りや養蚕に費やしたのです。まず春になれば蚕のエサである桑の葉摘みに明け暮れる。

 女性たちはそれに加えて、米つきといった農作業や、家事もこなさなければならなかったでしょう。そんな多忙を極める中、お上は容赦なく納税を迫ってくるので、農家の女性たちは一晩中機織りをしなければならないことも多々ありました。


 租税という形で収穫を搾り取られ追い詰められた貧しい家の女性たちは、落穂を拾って飢えをしのぎ、また別の貧家の農婦は生きるために日雇いに出かける。そんな苛酷な、おしゃれをするなど考えもできない日々を続けているうちに、農婦たちは身も心もボロボロになり、四、五十代の頃にもなると頭髪は半ば白くなってしまう。これが唐代(というかおそらくほとんどの時代の)中国の農婦の生活でした。しかもこれ、あくまで平和な時代の話であり、もし戦乱が起こって男が兵として取られてしまえば、女はそれまで男がしていた農作業もこなさなければならなくなります。さらにそれまで男に課されていた労役を、たとえ年老いた老婆であっても課されるようになり……。

 男に比べて力がない女では、懸命に田畑を耕したところで、大した収穫は期待できない。だのに、役人はそれでも租税だの労役だのを容赦なく課してくる。終わりの見えない苦しみの中、それでも夫や父が無事に帰って来てくれたのならまだいいですけれど、そうはならなかった事例など枚挙にいとまがありません。そんな悲惨な生活から逃れるべく、やむを得ず山に逃げ込んで暮らした人もいたのだとか。


 上記の苛酷極まりない生活はいわば当時の中国の農婦全てを苛めていた運命ですが、同じ中国でも南の方は北よりもいささかその苦しみが少なかったようです。その理由を、「図説中国の歴史4 華麗なる隋唐帝国」を参考にして以下でまとめていきたいと思います。


 古代では黄河流域こそが中華文明の中心地であり、揚子江流域から南は未開発地帯であったのですが、五胡十六国時代の頃から北方は戦争によって荒廃してしまいました。そのため北方は、隋代に完成した運河を通って南から輸送されてくる作物なしには、立ち行かなくなってしまったのです。絹織物も、元々は北方が原産地だったのに、唐代からは南で多く作られるようになったのだとか。

 また、唐代の中国北方では、二十一~五十九歳の男子の三人に一人は兵役に就かなければなりませんでした。運悪く選ばれてしまった者は、唐全体では六百ほど設けられた折衝府というものに所属しなければならなかったため、これを府兵制といいます。服務期間中は税も労役も免除されるそうなのですが、でもその代わり辺境もしくは中央の防備を担うべく、任地に自費で行かなかければならなかったそうですから、ねえ……。しかも武器や衣食も自腹を切らなければならなかったそうなので、命の危険がないだけおとなしく税払って労役こなしてた方が、いささかマシですよ。


 ところでこの折衝府、唐全体で六百程置かれていたそうなのですが、南方には十ほどしか置かれていなかったそうです。残りのうち四百ほどは首都・長安ともう一つの重要な都・洛陽を中心とした地域に。残りの二百は、西北辺境に。なぜ折衝府が置かれる割合が南北でこんなに違ったのかと言うと、府兵制とは元々、西魏・北周(いずれも中国南北朝時代に存在した国)を経て、隋から唐へと受け継がれた制度であり、隋と唐の南方平定はこういった北方出身の兵や武将たちによって行われたためなのだとか。北方出身者たち(唐の皇室である李氏も、鮮卑という北方異民族の出ですね)が天下を統一しても、北と南の隔たりは大きく、府兵制を全国的に敷くことはできなかったのです。まあ、南は府兵制が敷かれていない分、稲作に向いているということもあって、米を税として大量に取られたそうなのですが。

 上で述べたように、南方の農民は租税として米を取られていたのですが、この米どうも農民が自分で洛陽まで運ばなければならなかったそうなのです。それもやはり自費で、半年もかけて。なので、やっぱり南方の負担もハンパないですよ。それよりも大変だったという北方の苦しみはいかほどのものだったのか……。

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