貴族・官僚の家の女性たち ②

 楊貴妃の姉たちのお出かけの様子を詠んだ杜甫の「麗人行」までとはいきませんが、貴族の女性たちの生活は大変豪奢なものでした。

 衣食住の心配もなく、家事など一切しなくて良い貴族の女性は、ただ歌舞音曲や化粧で暇を潰していたそうです。しかし、彼女らの富貴かつ有閑な生活は、ただ父や夫や息子の地位が高かったから得られたものであって、言い換えれば彼らが地位を失えば、彼女らも優雅な生活を失う。即ち農民や貧民の女にも劣る国有の奴隷とされることを意味していました。この恐怖からは、どんな高位女性だって逃れられなかったでしょう。

 家族が権勢を失うことの他に貴族や高官の家の女性を悩ませていたのは、孤閨。加えて、自分が寝室で寂しく独り寝をしなければいけない原因となった、夫の薄情さと容色の衰えでした。何も唐代や、中国だけに限ったことではありませんが、地位も財力もある男は妻以外の女を囲うことが多かった。というか、一夫一妻多妾形の社会であった近代以前の中国では基本的に(複数の女を囲う余裕がない家を除けば)妾がいて当然。妾を囲う一方で、遊郭通いをして当然だったので、正妻の独り寝の虚しさは計り知れないものだったのです。

 特に、高位の女性は下層の自ら働く女性と比べて著しく生活を夫に依存していたので、夫に飽きられ、適当な(※)理由を付けられ、離縁されたら大変なことになるんですよね……。その時に戻るべき実家があればいいけど、親兄弟が死んでたりしたらどうすればいいんでしょうね。


※唐代は法律で、以下の「七出」を犯した妻は離婚してもよいことになっていました。(七出、自体はそれこそ孔子とかの時代から受け継がれていたそうなのですが)


一、息子を産まない

二、淫乱である

三、舅姑によく仕えない

四、他人の悪口を言いふらす

五、盗みを犯した

六、嫉妬深い

七、悪い病気にかかった


 中国のような儒教型社会では親に礼を尽くすことが何より大切なこととされています。その関連で父祖を祀るべき男系子孫を絶やすことは最悪の不孝の一つであるとされているので、一と三が離婚されるのは理解できる。二とかはある意味当然のことでしょう。

 でも、四から下の四つははっきり言って理解できないですね! 特に四とか、「それだけで!?」って感じ。他にも六は個人の主観の問題でしかないし、七に至っては「なんで!?」って感じ。病気になったからって、妻捨てるとか鬼畜すぎ。まあ六は、もしも自分が男児を産んでないのに嫉妬して夫が妾を持つのを妨げた=夫に男児を作らせないようにしたのでは、大問題ですけどね。自分が息子を産めなかったのなら、夫に妾を囲って祖先の祭祀を受け継ぐ男児を作るよう勧めるのが良妻というものだそうです。あくまで昔の中国の価値観では。


 あと、中国の嫉妬する妻といえば、始まりの方でちらっと述べたような気がする「妬婦」。妬婦は「夫が妾を囲ったり、妓女を買うことに嫉妬する女」を指しますが、唐は上は皇室から下は士大夫の家、特に正妻にはこの妬婦が多くて、後世にまで伝わったような事件がたびたび起こっています。ただし、この妬婦の怒りが向けられるのは彼女の夫ではなく、彼女より地位が低い妾や婢や妓だったそうです。

 唐代は前の方で述べた鮮卑族の価値観の影響で女性の地位が比較的高かったから、妻たちは嫉妬しても許された。だけど、宋代になると妬婦はだんだん問題視されるようになって、以降は抑圧されるようになったのだとか。


 ――と、なんだか薄暗くなってきた貴族や官僚の妻の結婚生活ですが、何も高位の者の妻でなくとも、嫁ぐ女性には心強い味方がいました。それは「妻族」「本家」とも称される妻の実家やその一族。妻族は嫁いだ娘を全面的に見守っていて、もしも娘が不当に離婚されたら夫の方に抗議するし、場合によっては訴訟に踏み切ることもあったので安心できますね。

 あとは、唐代の結婚は家柄の釣り合いを大変重視していて(「門当戸対」「当色為婚」と呼ばれる)、同じ階層の者同士が結婚するのが当然で、貴族の娘が庶民に嫁ぐのは恥だと考えられていました。そんな中、家名に箔を付けるために格上の家から迎えられた妻とかなら、かかあ天下を築けたかもしれませんね。


 最後に、ちらっと下級役人の妻の生活について述べます。本でもあんまり分量が咲かれてなかったので、ほんとにちらっと。

 下級役人は庶民のように税を治めたり、賦役につくことを強制されはしなかったけれど、給料は少なかったので生活は苦しかった。下級役人の妻は一般的には家事をしなかったけれど、家の経済状況によっては一定の家事をしなければならなかった。以上。ほんとにちらっとで終わりました!


最後にスペシャルサンクスを……。

・大澤正昭著:唐宋時代の家族・婚姻・女性 つまは強く

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