お姫様たち ④

 今回がお姫様編の最後なのですが、今回は前にちらっと述べた「和蕃公主」についてまとめるので、公主についてのお話は実質的には既に終わっています。和蕃公主というのは、唐的な蛮族(「蕃」という漢字には「未開の蛮族」という意味があります)と友好的な関係を築くために遠い地に嫁がされた女性たち。もっとも有名な和蕃公主は、唐朝二代目皇帝の頃に吐蕃(現在のチベットにあった国)に嫁した文成公主でしょうか。あとは漢代の話ですけど、匈奴に嫁いだ王昭君とか。もっとも王昭君は宮女だったそうですけど。

 恐らく後世の創作。でなくとも脚色が多分に含まれているでしょうが、王昭君が匈奴に嫁ぐまでの経緯は面白いので、ご存じない方はぜひググってみてください。


 唐の皇帝は実の娘を辺境の蛮族の元にやるのを嫌がったので、代わりに皇族や親戚、もしくは帰順した少数民族の長の娘を和蕃公主として差し出したのです。つまり和蕃「公主」とは名ばかりの替え玉公主だったのですね。もっとも、唐も中期以降になると皇帝の権力が衰え、国内に乱立する藩鎮(≒地方政権)に対抗するために周辺諸民族との友好関係を重視するようなったので、皇帝たちも実の娘を手放すようになりました。


 唐の力が強く、唐と周辺民族との関係が上手くいっている時は、和蕃公主たちは天可汗てんかかん(諸王の王、という意味。そういえばペルシアにもシャーハン・シャーがいましたね)たる皇帝が異民族に賜る恩寵であったので、彼女たちは嫁ぎ先では非常に大切にされ、唐の進んだ文化を齎してくれた存在として尊敬されていました。

 和蕃公主たちはたとえ家族とは遠く離れていても、手紙のやり取りはできる。使節を派遣して皇帝に謁見することもできました。そこで和蕃公主たちは嫁ぎ先の特産品を皇帝に献上するのです。朝廷の側も、和蕃公主のことを気に掛けていて、珍しい品物や織物に衣服、書物などをたびたび送っていたそうです。


 ですが、先に述べたように唐の国力が衰えると和蕃公主たちを取り巻く状況は変わり、彼女らは異民族に送る人質か貢物同然の存在になってしまいました。

 例えば回紇ウイグルに嫁いだ寧国公主の場合。百年ほど前に文成公主が吐蕃に嫁した際は、吐蕃の使者が唐まで迎えに来たのに、寧国公主の場合は唐側が公主を可汗の天幕まで送って行きました。なのに可汗は寝椅子にふんぞり返ったままで、これまでの和蕃公主は皇帝の遠戚に過ぎなかったが、自分の妻として贈られてきたのは皇帝の実の娘ですし、美しく賢い御方ですと言われて初めて喜んだ。……というような(唐からすれば)甚だ傲慢無礼なものでした。

 ちなみに、寧国公主が幼くして遠方に嫁がなければならなくなったのは、安史の乱が原因だったりします。玄宗と楊貴妃の国を傾けたロマンスの影響がこんな所にも! なお寧国公主は回紇へと発つ際、父である七代皇帝に「これは国家の重要なことだから、死ぬことになっても決して恨みません」というようなことを言って別れたそうです。

 

 このように和蕃公主の境遇は大いに当時の政治状況・国際関係に左右されるものでした。あとは、嫁ぎ先の唐の風習とはかけ離れた習わしや文化にも、非常に苦労させられたそうです。苦労させられたどころか、危うく命を落としかけたことも。すぐ上で述べた寧国公主は夫の死後、回紇の風習である殉葬させられそうになったところ、「中国では夫が死んだら三年喪に服します。私にもそうさせてください」と機転を利かせ、死ぬことは回避できたとか。でも結局回紇の礼法を全部拒絶することもできずに、寧国公主は顔を刀で切り裂いて大声で泣き叫んだのだとか。そして夫との間に子供がいなかった彼女は、ようやく懐かしい唐に戻ることができた……。

 他に、寧国公主の五十年ほど後に同じく回紇に嫁した太和公主は、回紇が他民族との争いに敗れた際に連れ去られ、ほうぼうを流浪した末に唐に帰還できたはいいものの、「和親の役目を果たせなかった」と甥にあたる当時の皇帝に厳しく叱責されたとか。

 和蕃公主は国境防衛や文化交流の担い手としては非常に重要な功績を残したけれど、個人としてはあまり幸せになれなかったんですね……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る