十八世紀までの鑑定の手順 ①その根拠

 さてところで皆さん、ここまでで一つ疑問に思ったことは在りませんか?

 ――不能の疑いを持たれたからといって、どうして性器の鑑定やら性交実証コングレやらの、過激な手段に追いやられなければならなかったんだろう。もっと穏便で上品な方法は何かなかったのか。中世らしく(?)不能者の指を浸したら赤く染まる聖水とか、そんないかにもな(現代的に考えれば信憑性はゼロの)アイテムはなかったのか。どうしてあなたたちはこんなところでは理性的なんですか……と。

 ですがまあ、この裁判の辛辣な手続きには、結構由緒正しい歴史があったのです。と、言う訳で以下で性器鑑定の歴史をかいつまんで紹介していきます。


 遡ること四世紀の東ローマ帝国はコンスタンティノープル(現イスタンブール)では既に、不能者裁判の一環としての性器鑑定が既に行われていた、とさる歴史家の証言の残っています。しかもその裁判、夫が妻のソコが狭すぎる、とコンスタンティノープル総主教(※)にまで訴えたそうです。スゴイ度胸と面の皮の厚さだ……。

 ※この地位が正教会に置いて占める位置の解説はググる先生に押し付……譲ります。が、ざっくり言ってしまえば、コンスタンティノープル総主教は皇帝と並ぶ国のツートップと断言しても過言ではないぐらいの権力を持っているのです。そんな聖会の最高権力者に、よくもまあ……。


 とにもかくにもコンスタンティノープル総主教はこの訴えに真摯に対応し、事実夫の訴え通りに妻のソコは狭すぎると認められたため、離婚は成立しました。

 そして十二世紀には西欧においても不能裁判で性器鑑定されるのは自明の理となり、十三世紀には教皇インノケンティウス三世に制度化され……。不能裁判の性器鑑定の歴史は無駄に長い。けれども実は、性器の鑑定はなにも不能裁判だけの専売特許だけではなかったのです。性的暴行の有無や婚前の処女喪失、それに動物と……なんて場合も、行われていたのですよ。


 ヨーロッパの歴史で最も有名な「処女」といえば、恐らく誰しもが真っ先に挙げるのがジャンヌ・ダルク。彼女は自身の処女性にゆえに神に聖性を与えられたとシャルル八世に述べ、実際に産婆たちによって調べられ、清らかな(非処女でも清らかな女性なんてごまんと居るし、逆に処女でも性根も肉体も腐り果てた女なんてこれまた同じくらい存在しますけどね)乙女だと認められたそうです。そういえば私は、ジャンヌ・ダルクの伝記映画でそういう場面を見た覚えがあります。

 他に処女かどうか確かめられる事例としては、本ではフランスのある風習が挙げられていました。

 由緒正しい家の娘でも、婚前には子供が産める体になっているか確かめるために全裸にして婦人たちに観察させるのがよい。なんだか市場に出荷する家畜の肉付きを評価するみたいに感じられてしまいますが、内実は大差ないものだったでしょう。他には、ある娘(もちろん未婚)が処女でないとの疑いをかけられ名誉を損なわれた時に、疑念を払拭させるために検査に望んだ、と……。

 上記の事例からも分かるように、中世西洋社会においては、未婚の娘を非処女呼ばわりすればもう名誉棄損なのです。こういう価値観に触れると、私は「うるせえ! 非処女を馬鹿にするな!」と叫びたくなってきます。何回でも繰り返す所存ですが、膜や経験のあるなしに拘って彼女自身を見ない男などゴキブリ以下。端から女に触れる資格などないのです。

 過去ごと愛する度量を示せ! でなければ一生自分の利き手と戯れているがいいわ!


 と何はともあれゆうに千年以上前から行われていた性器の鑑定ですが、これまでも述べてきたように、女を(主に膜の有無に関して)調べる際は、ナニが奮い立つか否かを調べるよりも議論の的となっていました。ナニをエレクチオンさせるためには当然、手で擦るなりなんなりの……あけすけに言ってしまえば、聖書の登場人物が語源の英単語しなければいけなかったのに。あからさまに教会の教えに反しているのに、です。それというのも、一説によれば生物学的には特に存在する意味がないとされるあの膜に関する、馬鹿馬鹿しい幻想のせい。

 処女信仰とほとんど同義をなす、処女信仰と同じく根絶すべき邪教。それこそ処女膜崇拝。この愚かしい信仰のせいで、過去何人の女が一時の過ちや望まない行為のせいで不当に扱われたことか……。いや、例え処女でも、初夜の床で血を流せなかったために、あばずれ扱いされてきたことか……。

 なおソロモンは、「人間の理解力をこえ、その痕跡や指標がほとんど見つけられないもの」(カッコ内原文ママ)としてある四つのものを挙げています。これはちょっとしたクイズみたいで面白いので、以下で列挙します。


 一つ、ワシが大気を通り抜けた跡

 二つ、ヘビが地上を這った跡

 三つ、船が海を航行した跡

 四つ、男が若い娘に入った跡


 ――よし! ソロモン良し! 良く言った! 汝はまさに偉大なる知恵を持つ王! 七十二柱の悪魔を従えていたとされているだけある! 

 と、感動したところで今回の纏めを終わります。本には処女を装う手段とか色々載っていたけど、べつに不能者裁判とは関係ないので割愛しますね。ということで、次回では段取りの纏めに入る予定です。

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