予備的手続きと尋問 ②尋問に至るまでと至ってから
さて。ここで取り敢えず「尋問」についてみんなだいすき? ググる先生に訊ねてみますと……
1
問いただすこと。取り調べとして口頭で質問すること。「挙動不審の男を―する」
2
訴訟において、裁判所または当事者が証人などに対して質問を発し、強制的に返答させること。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
という上記の結果が出てきました。不能裁判において行われる尋問が「1」の「口頭で」なんて生易しいものではないことは皆さんお分かりですよね。仁義なき不能裁判の世界では、そんな甘い方法では通用しないのです。ということで、これから纏めるのは当然「2」のタイプの尋問になりますのでご覚悟を!
ですが尋問に入る前に、尋問に臨むにあたって済ませねばならない手続き――予備的証拠調べを踏まえなければなりません。
本で「有効でない婚姻を是認する方が、正当に結ばれた婚姻を解消するよりもましである」(カッコ内原文ママ)と述べられているように、証拠調べは義務ではないものの頻繁に行われていました。もっとも、内密になされていたので正式な記録に残っているのではないのですが、夫が妻以外の女と関係したことがないか調査することを目的としていたそうです。そりゃあ、妻以外の女と致したことがある=不能ではない、ですもんね! こうして捜査員は哀れな被告どころかその家族のプライバシーを丸裸にする権利を得て、事態を更に掻き乱していたのです。
次に控えるのは尋問前というボスにぶち当たる前に倒さなくてはならない小ボスとしては、「不能者裁判の枠組み」でさらりと述べた「七人の証言」でした。訴訟当事者の先生は親族や友人隣人、計七人の証言に裏付けられない限りは無効とする……というゲルマン人の刑法に起源がある教会法のことです。もっとも、この法律が通用していたのは16世紀末~17世紀初頭という極めて短い期間だけで、十八世紀には反故にされていたのですが。まあ、十九世紀には復活したのですけどね!
さてこの二つのボスを倒すだけでも心身共に満身創痍になっていたであろう夫婦(特に夫は)ですが、彼らが立ち向かなくてはならない敵はまだわんさと蠢いていますからね……。その筆頭がそう――尋問! 本では秀逸な例えでもってこの尋問の厳しさに就いて述べているので以下で抜き出します。
それにしても教会の判事の尋問は解剖刀にも似ており、ただでさえも苦悩に満ちた夫婦の過去に情け容赦なくメスが入れられることは、まちがいなく精神的拷問のようなものだ。
――想像するだに「うわあ……」っていう感じですね。メスに似た尋問とか、できれば一生味わいたくないと願うのが人間というものでしょうが、人生というのは得てして上手くいかないものでして……。
しかもこの尋問、仕組みから不能以外の付随的な疑惑を挙げ連ねて被告を罪人にするようなものだったそうです。一つ例をあげれば、妻に不能と訴えられたある夫は、プロテスタントからカトリックに改宗したばかりだったのですが、カトリックの信徒としての務めを果たしていない、と
この元プロテスタントの夫は、先妻との結婚は財産目当てだっただろうと決めつけられ、その上先妻には「秘密のやまい」(あくまで根拠のない推察に過ぎませんが、おそらく性病を指しているのでしょう)をうつし、挙句彼女を毒殺したことにされたのですから……ほんとに仁義がない。ついでにプライバシーもない。
だが、まあ、上記のようなエレクチオンの能力には一切関係のない事柄について追及されても、不能云々がなおざりにされることは決してなかったのです。むしろ、ほとんどの場合は、被告はこれでもかというまで質問攻めにされていたそうで……。しかも、被告が女であった場合も容赦なく。
いつから不能を自覚していたのか、結婚の時には自分が不能だと分かっていたのか、と裁判に関係ある事柄ならばともかく、誰を仲介にして、どこで結婚したのかまで踏み込んでくる裁判官。彼らは当然、夫婦の寝室までにもずけずけと乗り込んできます。
やれ式を挙げてから一年経ってもBも済ませていないというのは本当か、早く漏れる体質だから完遂できなかったというのは本当か。はたまた、指を使って膜を破ったというのは本当か……などなど、下世話極まりない質問の数々。ゲスの勘繰りまるだしの問いかけを投げつけられた夫婦は、一体どのように対応していたのでしょうか。
正義は自分の側にあると過信し、婚姻の秘蹟を踏みにじった悪魔を成敗するという大義名分を掲げる裁判官は、真実を全て明らかにするまで攻撃を止めてくれません。この世の残酷に属する事柄は、自分を悪だと見なす人間ではなく、自分こそ正義だと確信する人間の手で行われてきたのではないか……と私はこの章を読んで考え込んでしまいました。
さて。次回は一緒に裁判によって明るみに出た夫婦生活の地獄に堕ちましょうね!
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