不能の種類と原因 ②呪いによる不能

 皆さまお待ちかねの? 呪いによる不能の纏めを始めたいと思います。呪い。またの名をまじない。ワクワクしますね! ファンタジーで不能裁判を出すなら(……一体どんなドロドロ系ファンタジーなんだ?)やはり原因は魔法によるもの、とした方が盛り上がりそうですし。随分みみっちい魔法ですが、作者のゲスな部分が騒ぎます。


 さて話を非情な現実に戻しますと――実は、呪いによる不能は実際の判例集にはあまり記載されていないのです。魔女狩りが大流行した十六世紀においてさえ、魔術による不能と判定されるのは稀なことだった、という記録が残っています。不能者が自身の役に立たない理由を魔術に求めることもあったようですが(そりゃあ、そうした方がまだしも面目が保てますもんね……)裁判官たちはこれが偽りや誤魔化しである可能性を考え、多くの場合は懐疑的だったとか。どうしてその理性を、無実の罪を着せられ魔女として火刑に処された女性たちの裁判に向けられなかったのだろう、となんだかとても胸が痛みます。


 極端な事例では、不能の夫本人が、自分に不能の呪いをかけたのは他ならぬ妻だと主張することもあります。実際に1603年のフランスでは、ある領主夫妻が呪いによる不能によって離婚を言い渡されました。しかも、両者とも他の人と再婚する権利を与えられた上で! こういった場合、性的な相性は悪いが仲は悪くない夫婦が互いから離れるために一時的に協力した、なんていかにもありえそうだなあ……と私なら勘ぐってしまいますし、著者さんもその可能性を仄めかしていました。

 が、前記のような例はあくまで少数派であり、法学者たちは自然な不能と魔術による不能を隔てるものなど何もないことを弁えながらも、自然な不能という判断を下すことを好んでいました。と、言っても心理的なプレッシャーの影響が考慮されなかったわけではなく、十八世紀のある法学者は「いわゆる呪い」(原文ママ)の原因は空想だとしています。彼曰く、衝撃的な空想(どんな妄想なんでしょうね)は健康な男の性的能力を停止させるのだそうです。


 まあ、そんなこんなで実はあまりメジャーな事例ではなかった呪いによる不能ですが、その歴史自体は大変由緒正しいものです。エジプト第十二王朝のファラオの書記官アーメス(本には表記ゆれ? のアアフ・メスの名前で、ファラオとして紹介されていたのですが、ググると書記官でヒットしたので、多分書記官です)は不能のまじないの犠牲者だったとされています。ほら、由緒正しいでしょう? だって、アーメスの主人の在位期間は紀元前1842年から紀元前1797年、または紀元前1860年から紀元前1814年までなので、なんと約四千年も遡れるんですよ! 

 現在のフランス東部、ドイツ西部、ベルギー、ルクセンブルク、オランダらへんにあったアウストラシア王国の王妃ブリュヌオーは自分の息子を呪って、妻から喜びを得ることができないようにしたそうです。自分の息子を不能にしようとするなんて、よっぽど親子仲が険悪だったんでしょうね。他にも、十五世紀後半から十六世紀初頭までのミラノの支配者であったルドヴィーコ・スフォルツァは、甥であるミラノ公ジャン・ガレアッツォに呪いをかけて子供ができないようにした上で、彼を支配下に置いていたそうです。身内のドロドロってやつですね。

 

 このように起源は紀元前まで遡れるまじないによる不能ですが、教会法という観点からこの問題を取り上げたのは、九世紀フランスの大司教インクマールが初めてです。彼曰く、「悪魔が神の正当な許しのもとで、自分の手先をつかって結婚の性的完遂をさまたげるような場合には、その夫婦に対して、告解し、謙虚になり、施しものをし、ほおに涙し、祈りをささげるようすすめなければならないのだ。」そうです。(カッコ内原文ママ)

 こんな至極くだらない問題で論議し合うなんて、神と悪魔は結構仲がいいし、それ以上に暇だったんでしょうね。というか許すなよ、神よ! 産めよ増やせよ、って言ったのあんただろ! ってツッコみたいですね。

 前記の対処法を試した後も不能の状態が続くなら、離婚しなければならなかったのだとか。この思想は約三百年後の十二世紀には法規集に組みこまれましたが、教皇インノケンティウス四世(在位:1243~1254年。モンゴルがヨーロッパを騒がせていた頃のローマ教皇です)は、こんな理由で離婚を赦すのはもっての他だと主張しています。

 

 呪いというものは決して永久に効力を保ち続けるものではなく、術者自身によって解かれることもあれば、祈りや神の恩寵によって解呪されることもある。しかし、術者が死亡したり、呪いの道具がなくなってしまった場合には、取り返しのつかないことになる。どころか不義密通や、更には殺人さえも招く一大事になるとされていたそうです。欲求不満になった人妻が間男を作って、夫を葬り去ろうとする……なんていかにも昼ドラな事例が、きっとあったんでしょうね。

 このネタを発展させれば、婚姻前の妻に不能のまじないにかけられたのではないかと怯える名家の当主が、妻に気づかれないようにまじないの道具を探してくれるように主人公に密かに依頼する。そして始まるお家騒動~なんて物語を書けそうだなあ、とワクワクします。


 幾つもの恐ろしい罪の温床とされた魔術による不能ですが、この理由により離婚が許されるのは、あくまで「呪いがかけられたのが結婚前」だった事例のみ。たとえ、結婚が認められると同時に夫が不能になったとしても、一度成立した婚姻を無効にすることは許されていなかった。あるいは、離婚が認められても、彼の不能は彼自身の生来の欠陥によるものではないため、再婚は本人の意志に委ねられていたそうです。


 今回はキリがいいのでこのへんで次回予告に移ります。次回は「不能のまじないの解呪方法」です! お楽しみに!!

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