二冊目 不能裁判――そこには、男達の血涙に彩られた数々のドラマがあった
はじめに 性的不能者裁判ってなんだろう☆
意味なく付けられた☆が気にくわない人、手をあーげて。はい、皆さん今日も全員出席していますね。
今日から歴史の授業では「性的不能者裁判について」を扱っていきます。教科書も、ピエール・ダルモン著、辻由美訳「性的不能者裁判 男の性の知られざる歴史ドラマ」に変わります。なんとなく挑戦してみた新米教師ネタはこれで終わります。よろしくお願いします。
カトリックの信徒が多数を占める国では離婚には大層な手間がかかります。が、現代では離婚できるだけまだマシで、かつてのヨーロッパでは「婚姻の秘蹟」を解くこと、つまり離婚は不可能でした。一度結婚した男女が別の相手と結婚できるのは、相手と死別した場合のみ。しかし、世の中には規則があれば例外があり、どうしても伴侶の生存中に彼あるいは彼女と別れなければならない、という場合は多々生じます。
こういった場合は「婚姻の無効」により、二人は最初から結婚していなかったことになる。これこそが中世キリスト教社会での事実上の離婚だったのですが、婚姻の無効が認められるには厳しい制限がありました。そのうち、配偶者に現在も継続する婚姻関係があった――つまり重婚だと発覚した場合や、夫婦が教会が婚姻を禁止する範囲の親戚関係にあったと判明した場合は、確実に婚姻は無効になります。
離婚を不可能とする風潮がキリスト教の初期から存在したのではなく、また婚姻が取り消される事例ももっと多岐に渡っていました。例えば十一世紀半ばまでは、夫婦のどちらかの長期の不在やら、身分差やら、不義密通などを原因に婚姻の無効が言い渡されたこともあったのです。他には、殺人罪の前科や、宗教の相違、誘拐や詐欺による結婚、代父代母(ある信徒の洗礼に立ち会った男性あるいは女性のことで、彼らは被洗礼者と霊的な親子関係になったとされるため、被洗礼者と婚姻関係を持とうものなら、近親相姦の罪を犯すことになります)との結婚、聖職者との結婚も解消されていました。しかし十二世紀から、婚姻の非解消性が重要視されはじめ、ついには上記のような決まりができてしまったのだとか。
また、婚姻無効までとはいかずとも、配偶者が教会の規則を冒涜していたり、異端だったり、不貞を働いていたりしていれば。あるいは、配偶者に酷い暴力を振るわれれば、「ベッドとテーブルの分離」と称される、いわば別居を言い渡されることもありました。ですがこれはあくまで別居であって、婚姻関係は継続しているので、どんなに夫婦関係が破綻していて、他に心から愛する相手と出会ってしまったとしても、その人と結婚はできません。もしもしてしまったら、重婚の罪を犯したとして罰せられます。しかもこの別居の場合、得をするのは男だけで、妻たちの多くは望むと望まざるとに関わらず、良くても一時期かあるいは一生修道院に閉じ込められるのです。裁判所は彼女らの抱える事情が別居に値するかどうか審議する間、彼女をまず修道院に送るから。当時の社会がそれを望んでいたから。……ほんとに酷い話ですね!
女としてムッとしてきたところですが、ここらで一つお断りを……。
※婚姻の無効よりも離婚とする方がまとめやすいので、以下では特別に断らない限り離婚=婚姻の無効とします。ご留意ください。
では話を戻しますね!
しかし、互いに互い以外の婚姻関係を結んでおらず、また全くの他人である場合は「離婚」はできないのでしょうか? ――答えはノー、なのです。しかも、多くの場合夫から言いだされた離婚の事例において、唯一女からも要求する権利のあった離婚の原因。それは不能でした。
妻に不能だと訴えられた夫は、夫婦そろって
肉欲の罪を抑制するために、最小限の罪(結婚)をする。それがキリスト教の結婚観であり、完遂された結婚の解消は秘蹟の恩恵を否定し神を冒涜することであったから。ゆえに「白い結婚」では、真に結婚したことにはならない。ルクレツィア・ボルジアの最初の結婚などは、この事例の好例として挙げられるでしょう。
もしもプレッシャーに負けてか、妻の証言通り端からなのか、持ち物が役に立たないのだと証明されてしまえば――(妻にとっては)晴れて離婚成立。打って変わって性交実証において己の雄々しさを証明できなかった夫には、その日から恥辱の日々が始まります。世間や周囲からは不能だの、種無しだのと囃し立てられる、男にとっては緩慢ななぶり殺しに等しいであろう日々が。
この※ただし男性にとっては恐怖でしかない検証会は、十九世紀には廃止されたそうなのですが……十七世紀から十八世紀のヨーロッパ、おそるべし。
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